三話
三話くらいまで投稿したつもりでいたのにまだ二話までしかできてなくておハーブ生えましたわ。
「……………………クッソ、数寄屋め。わたくしよりサークルを優先するだなんてメイドの風上にも置けませんわね」
ストロングチューハイをぐいっと喉奥に流し込んで、小さく呟く。
新入寮生の歓迎食事会。と言っても参加者は、椰の所属する西棟の面子だけなので、椰を含めても十人程度の小さな会である。
談話室にマットを敷いて、長テーブルを並べ、古新聞を敷いた上にガスコンロと鍋を設置。キムチ鍋の香ばしいにおいと、酒を飲んだ寮生たちの熱気で徐々に空間が温まってゆく。
西棟にやってきた二人の新入寮生を囲んで、仲良く飲みニケーションの輪を形成。
椰はいつの間にかその輪から外れ、隅っこで一人、ちびちびと酒をたしなんでいた。
というのも、椰が唯一気兼ねなく会話できる数寄屋はサークルの新歓のほうに出ていて欠席、なぜか慕ってくれているカラーは先輩たちにもみくちゃに可愛がられているので、椰と雑談しようという人間がこの場に存在しないのだ。
初めてのお酒を先輩からお酌され、頬を紅潮させて楽しむカラー。どことなく、いつもよりテンションが高い印象。椰の心臓に、小さな棘の刺さる感覚。
棘を押し流すように、チューハイを一気飲みする。
まだ四月だからか、身体はアルコールで火照っているはずなのに、どこか肌寒さを感じる。
「やぁ、椰ちゃん。調子はどうだい」
ふいに声をかけられた。既にふらふらし始めた視界をそちらに向けると、短めの髪をポニーテールに結った、サバサバした印象の女が隣に座ってきた。
「……寮長。別に、普通ですわ」
「まぁそうね。ある意味いつも通りだ」
カラカラと笑って、缶ビールを飲む。
お酌をしたりさせたりするタイプではない、という一点において、椰は寮長に好感を持っていた。
それにしても、隅っこのほうで大人しくしている椰の横に座ってくるとは、何か話があるのだろうか。チューハイをちびちび飲みながら会話の始点を待つが、寮長は隣に座ったまま、特にしゃべるわけでもなくのんびりとビールを飲んでいる。
誰も隣にいないというのもみじめなものだが、こうして誰かが横にいるとそれはそれで落ち着かない。難儀な性格だなと心中で自嘲する。
「……何かわたくしに用がありまして?」
たまらず、尋ねる。椰は沈黙を苦痛と感じるタイプのコミュ障だった。
「ん? あぁ、いや。用があるってわけじゃないんだけど。ただまぁお姉さまとしては、妹君がボッチになってることについて、少し心配になったりするわけよ」
「気にする必要はありませんわ。わたくしはお酒が飲めればそれで満足ですの」
「そうかい? そうは見えなかったけど」
余計なお世話ですわ。つっけんどんに跳ね返しそうになったが、思いとどまる。寮長には昨年、お姉さまとして随分と気を遣ってもらった。
「そもそもお酒は、現実逃避のために飲むものですわ」返答に困ったので、話題を逸らしてみる。「飲みニケーションだかなんだか知りませんけれど、酩酊状態でコミュニケーションを取ろうだなんてむしろ相手に対して失礼ですのよ」
「それじゃあ今の酔っぱらった椰ちゃんは失礼じゃないのかい?」
「わたくしはコミュニケーションのために飲んでいるのではなく、飲んだ後にコミュニケーションが勝手に発生しているだけですの。悪いのはコミュニケーションのほうですわ」
「相変わらず、一瞬納得しそうになることを言うのが上手いねぇ」
感心したように言って、新しいビール缶を取ろうと身を乗り出した。
「ところで、カラーちゃんとはうまくやれてる?」
「それなりに、ですわ」
「いやぁ、安心したよ。椰ちゃんにもようやっと、数寄屋ちゃん以外に仲良くしゃべれる相手ができて」
「……所詮、一時的な関係ですわ」
苦虫を噛みつぶしたような声で吐き捨てる。
「一時的な関係って言葉、なんかエロいね」
「はっ倒しますわよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべる寮長。
「あの子にとって、お金持ちとメイドが珍しいから食いついてくるだけ。わたくし自身に興味を抱いているわけではありませんわ」
「ふぅん」
ぷしゅっ。プルタブを開ける音とともに、ビールの泡があふれ出す。ここに持ってくる間に、誰かが落としてしまったのだろう。「っとっとっと」こぼれる泡を慌てて飲む。
「椰ちゃんは、良いお姉さまになると思うんだけどね」
「その目は節穴ですの?」
「おっ、お嬢様っぽいセリフ。カラーちゃんに聞かせてあげられなかったのが残念だ」
「ボクがなんすか?」
いつの間に。カラーが、二人の横に入ってきた。
上気した顔。飲まされたのか、自分の意志で飲んだのか。
「おぅ、カラーちゃんちょうど良い所に。いやぁ実はね、さっき椰ちゃんが『その目は節穴ですの?』って言ってたんだよ。お嬢様っぽくない?」
「ぽいっす! 温室育ちのご令嬢が見下しながら言う感じっすね!」
こいつは酔ってもあんまりテンションが変わらないなぁと思う。そもそも普段からして酔ってるみたいなテンションだし。
「ね。ウチらみたいな一般人が言っても様にならないけど、椰ちゃんが言うとやっぱ違うよね」
……なんでこの人らはこんなことで盛り上がっているのか。なんか無駄にこっぱずかしくなってくるからやめてほしい。自分としては特別な語彙を使ったつもりがないだけに、余計に。
「もー椰先輩! 普段は全然お嬢様っぽいとこ見せないのになんでボクがいないとこで披露しちゃうんすかー」
「知るか! ですわ!」
「怒ってもあくまでも丁寧な言葉遣い。やっぱり椰先輩は生粋のお嬢様っすね!」
「……ふん」
もう何もしゃべりませんわ。心に誓う。普通にしゃべっている言葉にすら反応されてはたまらない。
「カラーちゃんお酒どう? 今日が初めてなんでしょ?」
「んー、なんか苦くって、あんま好きじゃないかもっす。でもほろよいはジュースみたいで美味しいっす」
「まぁ、慣れてくれば他のお酒の良さもわかってくると思うよ」
「そうなんすね。ボクも椰先輩みたいに美味しそうに飲みたいっす」
「それは少しわかるなぁ」
椰としては現実逃避のために飲んでいるだけなのだが、そうなのだろうか。自分ではよくわからない。なんとなく居心地が悪く、ごまかすようにチューハイを飲む。
「カラーちゃんさぁ、椰ちゃんのことどう思う?」
「蔑みながら踏んでもらいたいっす」
「たしかに高飛車お嬢様って庶民を見下すの似合いそうだよね。ウチはそういうのは、逆に屈服させたくなるけど」
「それは高飛車っぷりを堪能してからっすよ」
「わたくしはこういう時、どんな顔をしていたらよろしくて?」
身の危険を感じる。
「椰ちゃんって、なんやかんや良いお姉さまでしょ?」
「そっすね。ボクは好きっすよ」
「だって。よかったね」
「本人目の前にして苦手ですって言う人がいると思いまして?」
「いるんじゃない?」
「間さんはそういう人ではなくてよ」
まだ彼女が入寮して一か月も経たないが、それくらいはわかる。彼女は単純で裏表がないが、気を遣えない人間ではない。
「ほら、妹君のことよく見てるじゃん。少なくとも私より」
「……その程度の理論武装で言いくるめようとは、わたくしも舐められたものですわね。そんなにチョロくありませんことよ」
「ツンとデレの黄金比率は九対一っすからね! 良いツンっすよ椰先輩!」
「わたくしに新たな属性を盛るのはやめてくださいます!?」
勝手にテンションを上げるカラーに思わず突っ込む。
「そういえば椰先輩、飲み会の時はいつも隅っこで一人で飲んでるって聞いたんすけど」
「それチクったの誰ですの締め上げますわよ」
「実際、椰先輩はこういうのに参加しそうなイメージないんすけど、今日の数寄屋先輩みたいにサボったりしないんすか?」
「この手の飲み会は、参加不参加問わず料金を徴収されますの。自分の金で他人が酒を飲むなんて許せませんわ。だから、最低でも徴収料金以上の酒を飲んでやろうと決めているだけですの」
「椰先輩、やっぱ庶民派貴族って感じっすね」
「貴族になった覚えはありませんわ」
そうこうしているうちに歓迎飲み会は解散となった。普段より疲れた気がする。