二話
先週投稿するつもりですっかり忘れてました。
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!!!!!!!!!!!!!!!
カーテン全開の窓から朝日差し込む、椰の部屋。そのの中で、カラーがフライパンにお玉を力いっぱい叩きつけてはしゃいでいる。
「先輩、朝っすよ! すっごい朝っす! 超太陽っす!」
「お嬢様! 起きてください! 大学行きますよ!」
カラーに負けないくらいに声を張り上げて、メイド服の女、数寄屋が椰の覚醒を促した。
カンカンカンカンカンカンカン!!!!!
「お嬢様! 今日は二限がありますよ!」
「先輩! 見るっす! 外! 超明るいっす!」
ゆっさゆっさゆっさゆっさ。
カラーが椰の上に乗って、両肩をがっくんがっくんとテンション高く揺さぶる。
「見るっすよ! めっちゃ太陽っす! ウケるっすよ!!」
ゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさ「うるせーーーーー!!!!! ですわ!!!!!!」
キレた。勢いよく起き上がった椰の額とカラーの額がぶつかる、鈍い音。「ふぐっ」肺の空気の漏れ、悶絶する。
「先輩起きたっすね! はよーござっす!!」
「な……なんで間さんは……」
額の痛みに顔をしかめながら、自分と違って平然とした様子のカラーに不公平を訴える。
「いやぁ、カラーさんのおかげで、お嬢様を起こすのが楽になりましたね」
「頭を打ったのに、メイドが主人の心配をしてくれませんの……」
ご満悦な数寄屋に、やはり不服な思いを抱えるが、当の二人は椰を差し置いて「いえーい」とハイタッチをしている。
「ほら、そんなことよりお嬢様。早くご準備を。食事は車の中で食べてください」
「今日は体調が悪いですの。大事をとって休みますわ」
「成績のほうがもっと悪いですから大学優先です。ほら、早く着替えてください」
「ぐえぇ」
着替えをぽいぽいと顔面に投げられた椰の、くぐもった声。のろのろとそれをひっぺがえすと、すでに視界から二人が消えていた。数寄屋はあれで常識的な人間だ。着替えの際に部屋から退出する程度のデリカシーは持ち合わせている。
「…………………」ばたん「ぐぅ」
「お嬢様!!!」
何故二度寝がわかったのか。扉を勢いよく開けて、キレた数寄屋が入ってきた。
結局、それからカラーを動員して着替えさせられ、半分引きずるように数寄屋の車に連行、無理やり大学への通学を果たした。
「今日こそは大学に火を放ってやりますわ……」
朝食を摂ったこともあってか、だいぶ目が覚めてきた。桜咲き誇るキャンパスに似つかわしくない、悲しみと怒りとその他負の感情の混ざりあった声。
「先輩! 放火はダメっすよ!」
「芳野財閥の権力を舐めてもらっては困りますわ。隠蔽なんてお茶の子さいさいですの」
ふん、と鼻を鳴らす。
「さすがお金持ちは違うっすね!」
「代わりに私のクビ切られるんでやめてください」
コインパーキングに車を停めてきた数寄屋が、開口一番に釘を刺す。
「そんなにのんびり歩いていると講義に遅刻しますよ」
「昨晩は中国に古より伝わるテーブルゲームで頭脳労働してクソ眠いですわ。これ以上速くは動けませんの」
「麻雀で寝不足とかよくあるカス大学生ムーブじゃないですか」
「徹夜しなかっただけまだ平均値より上ですわ」
「お嬢様はとっくに最下層ですよ」
そんなことをしゃべりながら、大講義室に到着。扉を開けると、すでに大教室に学生たちがひしめき合っていた。
教授はすでに来ているが、まだ講義は始まっていないようで、ガヤガヤと騒がしい。
後ろのほうに三人分座れるスペースを見つけ、こっそりと座る。
椰は慣れた手つきで鞄から水筒を取り出すと、コップに透明な液体、焼酎を注いだ。
「こういう時、周囲の人間がわたくしのことを笑っているような気がして仕方ないですわ」
「気にしすぎですよって言いたいので講義室での飲酒は控えてくれませんかね」
「きちんとお水に偽装していますのよ?」
「嗅覚死んだんですか?」
焼酎の香りがあたりを漂う。二回生以上の学生たちは慣れたものだが、新入生は戸惑い、きょろきょろとにおいの発生源を探している。
カラーも鼻をひくひくとさせ、怪訝そうに首を傾げた。
「授業中にお酒飲んでいいんすか?」
「注意されたことはありませんわ」
「カラーさん、高校までと違って大学では、駄目な人間の駄目な部分を指摘されません。堕ちる人は堕ちる一方です。反面教師にして気を付けてくださいね」
「わたくしには口うるさい数寄屋がいますもの。大丈夫ですわ」
「そう思うならもう少し私の忠告に耳を傾けてくれませんかね」
嘆息。
教授の、マイクを数度とんとんと叩く音が響き、講義室が静まった。
「講義始まりそうですね」
「まぁ初回ですもの、どうせガイダンスでおしまいですわ」
二十分ほどのガイダンスの後、普通に講義が始まった。
「クソですわね。初回から講義を始める教授はカスって古事記にも書いてありますのよ」
舌打ち。小さな声でぶつくさと文句を言って、酒を呷る。スマホを膝の上に乗せ、マナーモードであることを確認し、ソシャゲを起動。
「学費には初回講義分も含まれているんですから、むしろコスパが良いと考えましょうよ」
「初回講義を喜ぶ大学生なんてこの世に存在しませんわ」
「インターネットの偏った情報で世界を語らないでください」
「ていうか間さんが真面目なの、なんかウケますわね」
ヒソヒソとしゃべる椰たちの隣で、カラーはノートを広げて一生懸命板書を写している。
「ウケるじゃなくてお嬢様もちゃんとノート取ってください」
「わたくしはイベントの周回で忙しいですの」
「そんなこと言って、私のノート見せてあげませんからね」
「どうせノート見ても理解できないし問題ありませんわ」
「問題しかありませんよ」
そんなこんなで、ひたすら酒を飲みながらソシャゲを周回しているうちに講義が終わった。
「ふー、よく寝たっす!」
「……カラーさん、最初真面目に講義受けてると思ったら、五分くらいで爆睡し始めましたね」
「いやーボクああいうのすぐ眠くなっちゃうんすよ」
清々しい顔で伸びをするカラーに、数寄屋は頬のひきつる感覚を覚える。
「ほら、お嬢様、お昼ですよ。三限もあるんですから、泥酔するのはもう少し後にしてください」
顔を真っ赤にしてべろべろに酔っぱらう椰の頭をぽんぽんと叩く。
「うぇ~、うっさいですわねぇ……こちとらガチャが爆死して、飲んでないとやってられないんですわよ」
「単位の爆死に対してもそれくらい落ち込んでほしいんですけどねえ……」
椰の腕を引っ張って立たせる。おぼつかない足取りを支えながら、生協食堂へ移動。長蛇の列の最後尾に並ぶ。
「すみませんカラーさん、お水を給水機から注いできていただいていいですか?」
「うへへ、それならわたくしは梅酒をお願いしますわ」
「え、梅酒もあるんすか?」
「酔ったお嬢様のセリフは全部寝言なので無視してください」
「了解っす!」
カラーは元気に敬礼して水を汲んできた。
「芳野先輩、顔真っ赤っすけど大丈夫なんすか?」
「お嬢様はこれくらいならまだ大丈夫です。もっとひどいと立ち上がることすらままならなくなりますから」
「え、帰れないじゃないすかそれ。どうするんすか」
「引きずって車に投げ込みます」
「あれ結構痛いからやめてほしいですわ~」
椰はへらへらと笑って、水を一気に飲み干した。
「っか~~~! やっぱり水が一番うめぇですわね。この一杯のために酒飲んでるみたいなとこありますわ」
「芳野先輩って酔うと性格変わるっすよね」
「お嬢様の場合は少し極端ですが、お酒には少なからずそういう側面がありますね」
「へえ~。数寄屋先輩もっすか?」
「私は……」一瞬思案を巡らせるように視線を天井にやり、困ったように笑った。「よくわからないですね。そもそもお酒をあまり飲まないので」
「お酒あんま好きじゃない感じっすか」
「いえ、こう、お嬢様をいつでも介抱できるようにしていなければならないので」
「あー……」
ヘロヘロと酔っぱらって妙にテンションの上がっている椰を見て納得する。
そんなことを話しているうちに券売機の前へ。注文を済ませ、カウンターのおばちゃんに渡した。
「それにしてもちょっと意外っす。てっきり先輩たちはもっと良い所のごはんを食べると思ってたんで」
「わたくしは安っぽい食べ物が好きですの。科学的な味のするカレーとか、硬いだけの揚げ物とか、炊きあがってから時間が経っているせいで瑞々しさが失われたごはんとか。そういう、実家では食べられなかった物を大学で存分に味わいたいのですのよ」
「食堂のスタッフの方が悲しそうな目をしているのでやめてください」
注文した分を受け取り、空いている席に座る。
早速マイバッグから水筒を取り出し、ラッパ飲みした。
「っふぅ~、水を飲んだ後の酒がこの世で一番美味しいですわ」
「三限もあるんですから、ほどほどにしてくださいね」
「当然ですわ!」
その後べろんべろんに酔った椰は、三限の間ずっと爆睡し、引きずられながら数寄屋の車へ連行された。
「今日は大学へ行って偉いのでお酒を飲みますわ~~~」
「だめです」
寮に帰って目を覚ました椰が、数寄屋の制止を聞かずにテンション高く部屋の酒を漁る。
「今から飲むのは梅酒ですわ! 焼酎を薄めるからむしろ健康的ですの」
「へー、そういうもんなんすね!」
「お酒がお酒で薄まるわけないでしょう」
数寄屋がミネラルウォーターを椰へ放る。
「お酒、少し飲んでみたいなぁ」
数寄屋の独り言のようなつぶやき。
「駄目ですわ!」
椰が梅酒パックを守るように抱きかかえ、背中を向けた。
「これは全部わたくしのお酒ですの! 庶民に分け与えるお酒は一滴たりともなくってよ!」
「カラーさんすみません。お嬢様はお金持ちのわりにドケチなもので」
「い、いえ。なんか、思ってたお嬢様って感じじゃないっすけど、これはこれで面白いっす」
結局水を飲んだ椰は再び眠りにつき、ようやく数寄屋のもとに平穏が訪れたのであった。