89 北の国からのお誘い
黒の封書の件については永遠に保留することに決めた。あんなもの私の推論と拡大解釈による妄想に過ぎない。仮に真実だとしても差出人もわからないのだから解決のしようがない。
「時間を無駄にした気分だわ」
封書と書物を引き出しの奥にしまい込んだ。
◇◇◇
扉を叩く音が鳴り響く。
「姫様、失礼致します」
「どうしたのリーザ? 今日はやけに早いわね」
黒の封書の一件から数日が過ぎた。あれからなんの音沙汰はなく、今も変わらぬ日常を送っている。
「こちらをご覧ください」
装飾が付いた豪奢な封書である。前の一件のせいで少し敏感になっている。
「またこんな怪しい物を持ち込んで……」
裏返して見ると、今度は差出人の名がある。封蝋には凛々しい狼の顔が刻印されている。
「今度はちゃんと差出人があるわね。ミトス国王、エーミール・フォン・ミトス。これは……ミトス王からの親書?」
「ミトスと言えば、ノーデン地方にある小国の一つですね」
「ミトスの使いの方は?」
これが親書であるならば、これを預けられ、また場合によっては返事を持ち帰る使いの者がいるはずだ。
「はい、城の前でお待ちになっております。馬車で」
「馬車!? どういうことなのかしら……」
狼が刻印されている封蝋をきって確認する。
「うーん、急な話ね……」
「どのような内容でございますか?」
「同盟と援助のお話ね。忙しいからこっちに出向いて欲しいみたい」
このような話は別段珍しいことでもない。帝国の侵攻を食い止め、退けたときからベルク王国への同盟と援助金の話はひっきりなしにやってきていた。口には出して言えないが、今回のミトスのように「同盟を結んでやるから来い」ともとれる態度の国は少なくない。
勿論、援助等の話は大変ありがたいので二つ返事で行くのではあるが……
「もうすでに迎えの馬車を用意しているのは初めてだわ。帰りも送ってくれるってことよね?」
「その心配はないかと。それで如何致しましょう?」
「ベルクのためになるなら行くわ。でも二、三日待ってくれるように伝えてくれないかしら?」
「承知致しました」
さすがに今から支度をして行くわけにはいかない。小国ベルクの王と言えども、そこまで身軽ではないのだから。
「わかっているとは思うけど、リーザも準備をしておいてね」
私の従者にして最強の剣リーザ。彼女のことだ、置いていくと言っても付いてくるだろう。
「承知しております」
後は護衛として騎士団から何人か借りよう。私が不死だとは言え、従者以外の護衛がいないのでは国の威信に関わる。





