87 剣と盾と双頭の狼
「終わったあぁぁぁ」
ようやく目の前の仕事が終わり、机に突っ伏し伸びをする。一息ついてから私は机の引き出しにしまい込んだ書物と封書を引っ張り出した。それらを並べ、印を見比べる。
「どう見ても同じものよね」
表紙を捲り、斜め読みで中身を確認していく。幼い頃日中外にでられず、暇を持て余した私は書庫に篭り数多くの書物に目を通していたつもりではあるが、この書物には覚えがない。
かなり古いので文字は所々掠れて読みづらく、おまけに小難しい言葉が乱立している。もしかすると手には取ったかもしれない。しかし。その難解さに放り出した可能性がある。
無心で読み進めていく。
半分程読んでから本を閉じる。言葉がいちいち難しく、説明も回りくどい。書物の経年劣化も含めて中々読むのに苦労する書物だ。
だが、この本の概要はわかった。これはいわば教典の類である。とある神の偉業を列挙し、如何に信仰に足るものであるかを書き記した代物だ。その神は北の国々、ノーデン地方で信仰されている神らしい。
表題の印にある狼はその神の愛する動物で、信徒のことを表しているらしい。主を守り、異教の民や神を侮辱する者を断罪する……盾と剣はそれを表しているのだろう。言い方は悪いが、凶暴性を秘めた忠犬と言ったところか。
それが黒の封書とどう結びつくかはまだ分からない。もう少し、この書物に踏み込んでみるしかないだろう。だが、いつも通りの仕事をこなし、こんな読みにくい書物と格闘していたのだ。正直かなり疲れた。もう一度表紙を捲って読み始める気力はない。何なら何も手を付けたくない。
すると扉を叩く音がする。
「失礼致します。姫様、お茶が入りました」
リーザがティーセットを持って現れた。
「さすがリーザ! まるで見計らったような登場ね!」
「国王様の従者ですから」
表情は変わらないが、私の声に驚き、その内容に誇らしげな彼女。まさにリーザは従者の鑑だ。
「それで先の件は、何かお分かりなりましたでしょうか?」
「ノーデン地方の神とその信仰について書かれた教典じみた本ね。まだ詳しくはわからないけど、関係しているのは間違いないわ」
「神への信仰ですか。ベルクにも神話のようなお話はありますが、信仰のような文化はありませんよね。そもそもそう言った語り継がれるお話しが少ないように思います」
「そうね、アルビーナの話も少しくらい言い伝えがあってもいいとは思うけど……」
初代ベルク国王、月の子アルビーナ・フォン・ベルク。聖槍ヴァルハラの奇跡で襲い来る帝国軍を退け、この地にベルク王国を建国した人物だ。彼女の詳細はその生涯を綴った書物が一冊しかなく、それは代々国王が受け継ぎ、書き写し、残されてきた。
もしも意図的に伏せられているとしたら?
一瞬だけそんな考えが頭をよぎった。しかし、その意図がわからないためすぐに頭の片隅に追いやられた。





