68 瞭然
関所に戻り、椅子に座りうな垂れる。ここまでの道程はあまり覚えていない。誰かに手を引かれ、連れてこられたような気がする。そしてボーっと立っていると無理矢理椅子に座らされた気がする。
「姫様、朝食をお持ちしました。苦しいとは思いますが何か口にしてください。これからが持ちません」
従者の制服が目の端に映り、私の鼓膜を震わせて彼女の声が聞こえる。
「リーザ!」
勢いよく振り返ると、驚きの表情を浮かべる騎士団員が立っていた。
「ごめんなさい……ありがとう」
食事を持ってきてくれた彼に謝り、礼を返す。そして目の前の朝食に手を付ける。パンをちぎり口に運ぶ。味がしない。干し肉に噛り付き苦労の末噛み千切り咀嚼する。味がしない。ベルクイモのスープに手を伸ばしイモと共に流し込む。味がしない。
喉を通り胃に溜まる。ただその感触がするだけで満たされることはない。
前に出された朝食を平らげ、ゆっくりと水を飲みコップをテーブルに置く。揺れる水面に目をやりじっと見つめる。やがて静かになった水が私を映し出した。ひどい顔だ。これならば死者のほうがまだ生気に満ちた表情をしている。
私の前に誰かが現れた気配がする。水面から目を上げ、その人物を確認する。ラルフとテオドールだ。
「申し訳ございません!」
テオドールが頭を下げる。
「リーザは私を逃がすための囮となり、奴らに捕まりました。こんな私を逃がすために……」
捕まった……生きている……
「リーザは生きている?」
それは確かに吉報なのかも知れない。だが、あの爆発や炎で死んでいないと言うことであり、決して彼女が無事だと言うわけではない。
「わかりません……しかし可能性はあります。ベルクの内情を知るためにも彼女を生かしておく価値はあると帝国は考えるでしょう。それに――」
「大変です! 帝国軍が向かってきます! せ、先頭にはリーザさんが!」
乱暴に立ち上がり、椅子がガタリと音を立て倒れた。
「リーザが⁉」
私は関所から飛び出し緩やかな坂を駆け下りる。目の前には黒塗りの鎧が十数人程立ち並ぶ。
先頭には確かに後ろ手に縛られたようなリーザの姿が見える。彼女は汚らしいローブ崩れのボロ布を着せられ、風でなびく度に彼女の白い素肌が見え隠れする。その上には夥しい程の傷跡が見える。
「帝国ども」
自分自身とは思えないほどに低く、獣がうなるような怨嗟の声が漏れ出た。確かに彼女は生きているが、その傷が激しい拷問のあとなのか、下種どもの慰み者になったあとなのか、あるいは両方なのかは判然としない。
だが、奴らがこの世でもっともやってはならないことをしたのは瞭然である。





