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不死姫  作者: 秋水 終那
第二章 不死の姫と勇敢な騎士
55/99

55 呪詛


 怒りから解放された私が目にしたのは穴だらけの騎手の姿。暗く奥が見えない穴からはおびただしい程の血が流れだし、私の周りに水たまりを作っていた。それを呆然と眺め、立ち尽くしていると、思い出したかのように下腹部に痛みが走る。いつの間にか剣は抜け、血が流れ出している。


 我に返った私は傷を抑え、ヴァルハラに願う。


「お願い……ヴァルハラ……」


 聖槍から黒い影が伸び、傷を負った下腹部を多い隠す。しばらくすると影は聖槍に戻り、傷跡もなく完治する。破れた衣服と痛みの残滓だけが刺された事実の証言者だ。


「皆、無事――」


 一呼吸のち、後ろを振り返るとその光景に私は悲鳴を上げそうになった。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 呪詛を呟きながら倒れた騎手へと槍を突き立てる騎士団たちの姿。ある者は強固な鎧に阻まれながら、ある者は可動部の隙間へ、ある者は晒された顏に。恐怖に全てを支配され、一心不乱に突き立てる。


 それはつい先程までの私と同じだ。痛みの怒りと死への強い恐怖と微々たる違いだけ……黒い感情の思うままに従う。


 人を刺した、何度も……傷が治り、冷静になった頭を次に襲い掛かってくるのはその事実だった。


「ちがう」


 何が?


「わ、私はちがう。彼らとは」


 どんな風に?


「わ、私は……」


 目を背けた先には私を刺した騎兵の死体が転がっている。鎧ごと突き抜かれ穴の開いた無残な姿。


「お前は俺を殺した! 後ろの奴らと同じように! 何度も、何度も、何度も! その槍で俺を刺した! 同じだ!」


 死体が喋りだす。私に向かって呪詛の言葉を吐く。


「うるさい! うるさい! 黙れ!」


 私は死に絶え、身じろぎ一つしない騎兵の死体の顔にヴァルハラを突き立てた。


「あ、あ、あああああああああ!」


 人を殺した恐怖が、罪の意識が心の中で処理しきれずに喉の奥から零れ出る。


「大丈夫でございます」


 声は背中の方から聞こえ、直後ふわりと優しく抱きしめられる。


「姫様は兵士を守りました。民を守りました。国を守りました」


 そう耳元で囁き、頭を撫でられる。


「リーザ……私――」

「良いのです。姫様は正しいことを致しました。成すべきことを成しただけではありませんか」


 あぁ人が、リーザがこんなに温かいなんて……私を抱きしめる彼女の手を取る。血に濡れ、汚れた手をリーザは強く握り返してくれる。


「リーザ、私頑張ったよ……うっうう……」


 嗚咽が漏れ、涙が零れる。


「はい、ですから今は思い切り泣いても良いのです。涙で押し流してしまってもいいのです」


 その言葉で抑えていた感情が全て溢れた。振り返り彼女の胸に顔をうずめ泣きじゃくる。リーザは子供をあやすように優しく頭を撫で、胸を貸してくれた。




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