55 呪詛
怒りから解放された私が目にしたのは穴だらけの騎手の姿。暗く奥が見えない穴からはおびただしい程の血が流れだし、私の周りに水たまりを作っていた。それを呆然と眺め、立ち尽くしていると、思い出したかのように下腹部に痛みが走る。いつの間にか剣は抜け、血が流れ出している。
我に返った私は傷を抑え、ヴァルハラに願う。
「お願い……ヴァルハラ……」
聖槍から黒い影が伸び、傷を負った下腹部を多い隠す。しばらくすると影は聖槍に戻り、傷跡もなく完治する。破れた衣服と痛みの残滓だけが刺された事実の証言者だ。
「皆、無事――」
一呼吸のち、後ろを振り返るとその光景に私は悲鳴を上げそうになった。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
呪詛を呟きながら倒れた騎手へと槍を突き立てる騎士団たちの姿。ある者は強固な鎧に阻まれながら、ある者は可動部の隙間へ、ある者は晒された顏に。恐怖に全てを支配され、一心不乱に突き立てる。
それはつい先程までの私と同じだ。痛みの怒りと死への強い恐怖と微々たる違いだけ……黒い感情の思うままに従う。
人を刺した、何度も……傷が治り、冷静になった頭を次に襲い掛かってくるのはその事実だった。
「ちがう」
何が?
「わ、私はちがう。彼らとは」
どんな風に?
「わ、私は……」
目を背けた先には私を刺した騎兵の死体が転がっている。鎧ごと突き抜かれ穴の開いた無残な姿。
「お前は俺を殺した! 後ろの奴らと同じように! 何度も、何度も、何度も! その槍で俺を刺した! 同じだ!」
死体が喋りだす。私に向かって呪詛の言葉を吐く。
「うるさい! うるさい! 黙れ!」
私は死に絶え、身じろぎ一つしない騎兵の死体の顔にヴァルハラを突き立てた。
「あ、あ、あああああああああ!」
人を殺した恐怖が、罪の意識が心の中で処理しきれずに喉の奥から零れ出る。
「大丈夫でございます」
声は背中の方から聞こえ、直後ふわりと優しく抱きしめられる。
「姫様は兵士を守りました。民を守りました。国を守りました」
そう耳元で囁き、頭を撫でられる。
「リーザ……私――」
「良いのです。姫様は正しいことを致しました。成すべきことを成しただけではありませんか」
あぁ人が、リーザがこんなに温かいなんて……私を抱きしめる彼女の手を取る。血に濡れ、汚れた手をリーザは強く握り返してくれる。
「リーザ、私頑張ったよ……うっうう……」
嗚咽が漏れ、涙が零れる。
「はい、ですから今は思い切り泣いても良いのです。涙で押し流してしまってもいいのです」
その言葉で抑えていた感情が全て溢れた。振り返り彼女の胸に顔をうずめ泣きじゃくる。リーザは子供をあやすように優しく頭を撫で、胸を貸してくれた。





