54 騎兵
「構え!」
焼け焦げた黒塗りの鎧群手前でしゃがみ込み、黒の聖槍ヴァルハラを先頭にして前方へ槍を構える。間一髪と言ったところだろう。直後、後方から勢いを付けた騎兵が跳躍を開始する。もはや止まるつもりはないらしい。
石突を地面に食い込ませ、右腋で柄を挟み込み締め上げる。息を止め、歯を食いしばり衝撃に備える。
何と捨身なことだろう。こんな無茶なことに付き合わせた皆に申し訳が立たない。しかし、今それを憂いている場合ではない。もしも突破されでもしたら一巻の終わりだ。多少の犠牲を覚悟で立ち向かわなければならない。
跳び上がった馬が太陽を多い、私たちに影を落とす。影の中にいてこれほどまでに恐怖したことはない。あの憎々しい太陽が恋しいとも思える刹那。
ヴァルハラの穂先は降ってきた馬の腹を貫き、前へ進む力のまま腹を切り裂いた。馬はそのまま後方へ落ち、騎手は私の目の前のドサリと鈍い音を上げ地面に叩きつけられた。しかし、今はそれに気を取られている暇はない。
流星のように降り注ぐ騎兵たち。降り注ぐ流星は次々と槍の穂先に捕まり落ちる。ただそれに耐えるしか出来ない防柵としての私たち。
長い長い一瞬が終わり、私は立ち上がり後方を確認する。数える暇はなかったが駆ける馬の姿はない。防ぎきったことを確信し、前方へと目をやる。騎兵の第二波は来ていない。ここで止まっていた呼吸を再開する。直後、下腹部に衝撃が走る。
「あ、ぐ!」
熱を帯びた痛みが体に広がっていく。
「う、うう。帝国に幸あれ!」
目の前に落ちた騎手が直剣を私に突き立てている。刺された……それを知覚した瞬間、痛みの奔流が私に襲い掛かる。
「あああああああああ‼」
刺された、痛い、刺された、痛い熱い痛い。
即死するようなものではない。不死の私ならば尚更だ。しかし、それを理解していない身体は全力を挙げて警告を発する。痛みで意思を支配しようとする。
歯を食いしばり、唸り声と共に息を吐き出し堪える。支配に失敗した痛みは次々と怒りへと変換される。私ではない誰かがそれの矛先を見つけた。
怒りはヴァルハラを握り締め、穂先を倒れた騎手に向け振り下ろした。切っ先は黒塗りの鎧をものともせず突き破り、中に仕込んだチェーンメイルを布きれのように切り裂く。勢いを止めないヴァルハラは皮膚を破り、肉を抉り、内臓に喰らいつく。
しかし、怒りはそれで満足せずにもう一度別の場所に槍を突き立てる。もう一度、もう一度、何度も何度も何度も。飽くことなく突き立てる。





