51 感情
「あれ……どうして……」
私は涙を流しているのだろう。何が悲しくて泣いているのだろう。いけない、騎士団の皆がいる場所で、国王の私が涙を流すなんて全体の士気に関わる。
私は強引に涙を拭う。何度も、何度も、何度も、何度も。だが一向に収まってはくれない。私の与り知らぬ感情が涙を流させる。必死になって涙を拭い続け、心の中を探り続ける。
これは安心に似ていている。それでいて嬉しさにも似ている。だけど今までに抱いたことのない感情だ。わからない、わからないけどとても温かい。
零れ続ける涙を諦め、私は周囲の様子を垣間見た。騎士団や従者の視線が私に注がれている。皆が食事を止め、何事かと私を見ている。それを感じた瞬間に体の内側で涙を促して小さく主張していた感情が爆発した。体中を巡り、身の毛がよだつ
涙は溢れ出した。
嗚咽を漏らしながら私は必死で原因を探した。探し続けた。だが心当たりはない。私はこんな感情を知らない。
次の瞬間、私の口からその答えが飛び出した。得体の知れない感情が叫びを上げた。
「生きてる……みんな、生きてる……」
嗚咽交じりの言葉が食堂の静寂を破る。
「ちゃんと生きてるよぉぉぉ!」
生の実感。生きていると言う、日常ならば疑いもせず当たり前、当然と言った事柄。あの日一度死んで、非日常に放り込まれ、命のやり取りを目撃して誕生した生きていることへの感謝。生きていると言うことへの喜び。こうやって皆が揃って朝食を取れる嬉しさ。
非日常の中での唯一の日常……皆との食事に私は喜んでいるんだ。
ガタン、と乱暴に椅子が音を立てる。音のする方を向くとラルフが立っている。彼の目からも涙が流れ出ていた。
「今日を、いや! 今日も生き延びよう! 帝国を退け、明日も皆で朝食を取ろう!」
その言葉に他の騎士団員が次々と立ち上がる。そして一斉に声を上げた。
「おおおおおぉぉぉぉぉぉ!」
「よし、皆しっかり食おう。そして役目を全うしよう。国のために! 民のために! ブリュンヒルド国王のために! 勝鬨を上がるまで!」
ラルフの言葉に再び騎士団の雄たけびが上がる。城の食堂を震わせ、城を震わせ、国を震わせるように。
覚悟しろ帝国、ベルク王国は未来永劫滅びることはない!





