37 同情
城内に設けられた地下牢にテオドールは閉じ込められていた。平和なベルクの国では地下牢の客など何十年ぶりだろうか。私の知る限り最後に使われた記録は百年程前だったか。今はその半分程がただの倉庫として使われている。まぁその品々は私が訓練場として使っている元倉庫に収納されるはずのものなのだが……使用された履歴が古いのをいいことにお父様を説得したのだ。
その他には大昔、国王が売り買いした人間を収容していたなどと言う文献もあったが、気分が悪くなり途中で読むのをやめた記憶だけが残っている。
「テオドールの様子はどう?」
牢の見張りをしている騎士団の青年に問いかける。
「は、はい! 団長――罪人はとても静かにしています!」
戸惑うのも無理はないだろう。昨日まで騎士団の長として慕っていた人間なのだ。しかし、今回そんな人間が巨悪である帝国と手を取り合い、平和なベルク王国を脅かさんとしている。
「テオドール、貴方の話を聞きたいの」
「あぁ、姫様ですか。いや今はもう国王と呼ぶべきでしょうか」
たった一晩と言うのにまるで十年は経過したかのように老けて見えた。
「何故、今回のような裏切りを? 名実ともに騎士団長に相応しいと言われる貴方が……まさか家族を人質に脅された――」
「はははははは!」
地下牢内でテオドールの笑いが反響する。
「姫様、いや国王様! 私は人質など取られておりませんよ。理由、そんなものただ単純なことです。退屈だったのです。私の家は代々騎士団長を務めてきた。何故だかお分かりだろうか? 実力があるからですよ! そして血の滲むような鍛錬も欠かさない」
彼の言う通りヴァルツァー家はその確固した実力をもって代々騎士団長を務めてきた。もちろん、テオドールの息子であるラルフも彼の厳しい訓練を受け次期団長の実力を持っている。
「だが、せっかくの力を振るう相手がいない! だから私は帝国に憧れていた。この培った力を余すことなく発揮出来るのは帝国であると。だから私は五年前、盟約が結ばれる際に帝国騎士団に打診したのです! ベルクを売ることを引き換えに騎士団へ迎え入れてくれとね」
私は歯噛みした。ベルク騎士団の鑑だと尊敬すらも覚えていた自分にだ。もはや同情の余地などない。
「テオドール、貴方を騎士団長から解任します。追って処置を言い渡すわ――」
「どちらにせよこの国は終わりだ。帝国の武力に勝てるはずがない。いや、そんなことよりも国王陛下、貴方の奇跡について聞きたい。月の子は不死身の化物な――」
「黙れ! 貴様に話すことなどもはや何もない!」
しつこく問うてくるテオドールを地下牢に置き去りにして私はその場を後にした。気分が悪い。胃の中のものが込み上げる感覚を我慢し自室へと戻った。





