36 歓喜
「う、うおぉぉぉぉ! 新国王万歳! 俺たちのために死の淵から戻られた! 奇跡だ!」
「うぉぉぉ! 奇跡の国王様!」
一人の男の叫びが広がる。聞いたことのある声だ……カスパル! それに続くのは酒場の常連客たちの声。それが広がり町の広場が熱狂に包まれる。異様な光景を見て恐怖の色に染まっていた国民たちが歓喜に塗り替えられていく。
ベルクのために舞い戻った。奇跡の所業などと皆が口々に叫んでいる。
◇◇◇
テオドールを捕縛し、ラルフとリーザを引き連れ城へと戻る。国民たちは夢でも見ていたかのような面持ちで散り散りに解散していった。
「姫様――いえ、ブリュンヒルド国王様、お加減は如何でしょう?」
「いつも通りでいいわリーザ。意味が分からないことばかりで今は少しでもいつもの現実が欲しいの」
「承知いたしました姫様」
「私はなんともないわ……怖い程にね。ところで私が倒れている間のことを教えてくれないかしら?」
私が倒れ、夢のようなものを見ている間に起った事を聞きたい。それにテオドールが言っていた影とは何なのか。
「はい……異変が訪れたのは、姫様が倒れ国民を扇動しているテオドールに私が襲い掛かる直前のことでした。突然聖槍ヴァルハラから影が伸び、姫様の傷を覆い隠したのです。そのすぐ後、姫様はお目覚めになられました」
しばらくの間夢を見ていたような気がしたが、あれは数舜の出来事だったようだ。
「あの時、私は死んだはずよね? テオドールの一撃は心の臓を貫いてどうあがいても助かる余地はなかったはず」
しかし、生きている。傷も完全に治癒していて、胸に手を置くと鼓動をしかと感じる。
「どう考えてもこの槍の……ヴァルハラが起こした奇跡よね。でもそんな逸話聞いてことないわ」
「私もです。ただ、国宝として受け継がれてきた槍としか聞き及んではおりません」
「お父様なら何か知っているかもしれないけど……これについてもっと知る必要がありそうね」
闇色の槍を見つめ考えても埒が明かない。私が触れたことない書物があるのかもしれない。お父様の部屋も含め城中を探すしかないだろう。早急にこの力の謎について知る必要があるだろう。この力は今の状況をより悪くする可能性も、ひっくり返す可能性もある。
「咄嗟に言い繕っては見たけど、カスパルたちの助けがなかったら最悪の方向に転がっていたわね。でも冷静になった皆がどう思うことか……恐れが勝れば混乱の種が増えただけよね」
「はい、正直一時しのぎであることは否めません。ですので早急に対応すべきなのは奇跡の正体とテオドールから間者の動向を聞き出すことかと思われます」
体は健康そのもので、一度死んだと言うのに生命力に満ち満ちている。だが心のほうは疲労困憊だ。出来る事ならば一日程ベッドで過ごしたいがそうもいかない。
ヴァルハラについての文献の捜索は城の者たちに頼んで、私はテオドールの話を聞くことにしよう。帝国の間者もあの継承の儀を見ていたはずだ。内通者が明らかになった今、次にどんな手を打ってくるかはわからない……





