35 奇跡
闇から目を覚ますとそこには傾いた町の広場と人々の姿。
私は帰ってきたのか……夢とも現とも判然としない、痩せこけた導き手曰くヴァルハラから。私は起き上がり、辺りを見渡す。
そこには静寂と唖然とした人々の顔があった。
「な、何故だ! 私は確かに胸を貫いたはずだ……そ、それにあの影はなんだ!」
驚きと困惑が混ざり合ったテオドールの声。
私は自分の胸に視線を落とした。テオドールにより背後から貫かれたはずだが、傷は見当たらない。だが破れた衣服と周辺に付いた血痕が刺された事実を教えている。
「ひ、姫様……」
恐る恐ると言った様子でリーザが私を呼ぶ。いや、呼ぶと言うよりも私であることを確かめるように声を掛ける。戸惑うのは無理もない。私自身今だ何が起きたのかわかっていない。心の臓を貫かれ即死したはずが、束の間の夢を見たかと思ったら傷だけが消え生き返っている。
これではまるで……不死の――
「化物め! 月の子とは不吉の象徴ではなく、もはや化物だったとは!」
いつの間にか怯えに変わり、私を睨み付けるテオドールの言う通りだ。これでは死なずの化物。私含め、この場の人間全員理解が及んでいない。人智を越えた力で蘇った不死の姫。
しかし、今はこの場を治めることが先決だろう。
「鎮まれ! 私は蘇った! この国をベルクを護るために、迫りくる巨大な力を振り払う奇跡を携えて!」
ヴァルハラを掲げて宣言する。
「聖槍ヴァルハラに誓う。この奇跡を我がベルクのために振るうと。皆を護り、未来永劫の繁栄をもたらすと!」
「――ふざけるな化物め! 一度で殺せぬならもう一度だ!」
両刃の剣を引き抜き、テオドールが私に襲い掛かる。それは騎士団の長とは思えぬ程の愚直さだ。両手で握った剣を頭上に掲げ、私を頭から両断しようと力任せに振り下ろす。
それをヴァルハラで受け止め、衝撃の瞬間受け流す。狙いはそれ、その勢いのままに地面へと振り下ろされた。体勢を崩したテオドールは前のめりに倒れそうになるのを踏ん張る。
私はすかさず聖槍の穂先を首に当て動きを制する。
「動くなテオドール。殺しはしない、貴様を捕らえる」
「クソッ! 何が起きたと言うのだ……」
それは私が知りたいと喉まで出かかった言葉を飲み込み、国民たちに振り返る。
「ベルクの民たちよ! 恐れることはない! 私は……ベルクの王、ブリュンヒルド! 再び宣言する。私はこの国の災禍を振り払い、未来永劫の繁栄をもたらす者だと」





