29 間者
「――帝国が放った間者か」
ラルフは顎に手を当て首を傾げた。自分の記憶の中からそれらしい人物を探し出そうとしているのだろう。リーゼやテオドールも同様に黙って思考を巡らせている。私も少し考えてみるも、そもそも接点のある人間が限られる。リーザ、ラルフ、お父様にお母様、教育係、そして酒場の店主であるカスパルと常連客。私としては疑いを掛けるのも憚られる。
だが今回のあまりにも出来すぎた一連の動きはベルクの内情を知っていなければ達成は難しい。間者が城内の者でなければ成しえない。あるいは――
「騎士団長殿、城内に精通した者が帝国の間者と繋がっている可能性はありませんか」
ラルフの言う通り、間者とベルクの内情に精通した者が、手を取り合い仕組んだことであるならばあり得る話だ。
「確かに、話の筋は通る。だがこの城で働く者が帝国と手を組んでどんな益がある。平和で穏やかなベルク王国が戦乱に巻き込まれ、得をする者がいると言うのか? 答えは否。それに可能性とは言え、身内に疑惑を持つことなどあってはならん。その考えは戦いが本格化したとき、必ず貴様の剣を鈍らせるぞ」
「はい、騎士団長殿の仰る通りです」
父親であり騎士団長の叱責と身内に疑いの目を受けた自分が恥ずかしいのか、うな垂れるラルフ。
結局、会議は最悪の報告を受け取った以外は白紙に戻った状態でお開きとなった。
会議の後、リーザと共に自室に戻る。
「ねえリーザ、本当に内通者なんていないのよね? 私だってテオドールの言う通り身内を疑うなんて嫌よ。でも話が出来すぎている……」
「私の率直な考えを申し上げますと……悲しいかな、内通者の存在は紛れもない事実でございましょう。それも私たちのとても身近な人物……理由まではわかりません、テオドールの言う帝国がベルクの国を占拠した際に得をする者など検討もつきません」
結局はそれなのだ。裕福な暮らしが約束された国ではないが、平和で穏やかなベルク王国……そんなベルクを裏切って戦乱へと導く者などいるのだろうか。
「裏切りの理由については定かではありませんが、今そんなことを考えるのは詮無き事。すべきことは、その裏切り者がいつから帝国と通じ今回の状況を作り出したか、そして内通者の次なる狙いを見定め、対策を講じることでしょう」





