25 盟約
眼下に広がる灯りの群れ、その異様さは決意に満ちた心に楔を打ち込み不安へと引きずり込もうとしているようだ。
「そんな! 早すぎる!?」
感情を表に出すことが少ないリーザが驚きの表情を浮かべ、声を荒げる。彼女の只ならぬ様子が私の中に浸透していく不安を加速させていく。
「姫様! 今すぐ城に戻りましょう」
「……わかったわ!」
彼女の気迫は有無を言わせぬものではあったが、律儀に返事を待ってくれた。私は彼女に手を引かれて丘を下り城を目指す。抜け出た枯れ井戸の方角ではなく、城の正面入り口に向けてだ。
「ひ、姫様? それにリーザさんも……どうして外から――」
「今はそれどころじゃありません! 今すぐ騎士団長殿に『ブーゼが動いた』と取次ぎなさい!」
門兵をしていた若さを残す彼はその迫力に押され走り出した。向かうのは騎士団員たちが寝食をし、待機するために作られた宿だ。もしものために常に十数人が待機し、国のため即座に動けるようにしている。事情が分からない私でもその、もしもが迫っていることだけが分かった。
星を見ていた小高い丘からリーザに手を引かれ一気に走り抜けた私は肩で息をしている。じっとりと汗をかき、ローブの中の寝間着が肌に張り付きひどく不快だ。そしてまだ欲しいもっと欲しいとだだをこねる肺に空気を送り込むのに精一杯である。
彼女が私に合わせて走ってくれていたのはすぐわかったが、リーザに息の乱れは全くない。彼女にこれほどの体力があるとは私は知らなかった。
「申し訳ございません姫様、かなりの無理をさせてしまいました」
ようやく落ち着いた私に合わせて彼女は深く頭を下げた。
「ねえリーザ、あの灯りは一体何なの?」
ここでずっと気になっていたあれの正体を聞く。私が感じた不安はきっと間違ではない。彼女の取り乱しようから良くないものであるのは確かである。あとリーゼが門兵に託した騎士団長への言伝『ブーゼが動いた』の意味。ブーゼとはベルク王国から南に位置するブーゼ帝国のことだろうか。
「あれは、ブーゼ帝国の侵略軍です」
「侵略……でもベルクとブーゼには不可侵の盟約があるはずよ」
「はい、その通りでございます。しかし、南方統一を達成し帝国の情勢は変化致しました。今や彼らの後方を脅かす存在はおりません」
ベルク王国とブーゼ帝国の盟約は帝国が南方統一をするまで、ベルク並びにそれを越えた国々に邪魔されないためのものだったと言うことだ。





