21 酒場
私は垂れ下がったロープにランタンを括り付る。私とリーザがロープを使って井戸から這い出たあと、ロープを手繰り寄せランタンを回収した。町の外れにある井戸は枯れ井戸と思われ誰も見に来ない。底にある扉は黒く塗られ少し目を凝らしたところで気づかれることはないだろう。城から町へ出る道程はいつもながら中々刺激的で心躍る、小さな冒険だ。
「姫様、それでどちらに向かわれるのですか」
「リーザ、もうここはお城の外なのよ。その呼び方はまずいわ。今から私のことはヒルデって呼んで頂戴」
「承知しました……ヒルデ」
「ぎこちないけど……まぁいいわ。それと言葉使いも気をつけること。今から私とリーザは気心の知れた友人なんだから」
「それはとても興奮しますね」
「貴方たまに変なことを言うわよね」
「いこれはお慕いしている姫様と、一時的でまやかしとはいえ対等な立場になれる喜びが隠しきれずに零れてしまっただけです」
「まあ、いいけど……」
私とリーザは枯れ井戸を後にし、町へと繰り出す。目指すのは夜の時間でも営業をしている酒場だ。私が初めて城を抜け出し、立ち寄った場所でもある。そのとき、店主のカスパルがとても良くしてくれてから外に出たときは必ず立ち寄るようにしている。
「こんばんは!」
店の扉を開け、元気よく入店する。その言葉にいらっしゃいと元気よく返してくれるカスパルと今日も来たのかいヒルデちゃんと気安い常連客が数人。
「今日は友達のリーザと一緒なのよ。ちょっと変わった子かもしれないけどよろしくね」
「ヒルデの友達のリーザです。皆さんよろしくお願いします」
抑揚を欠いた調子で礼儀正しく頭を下げるリーザ。城内にいるときと変わらない所作が私の肝を冷やすが、堅苦しい感じだけど悪い子じゃなさそうだなと軽く流す言葉で胸をなで下ろした。
「それで、ヒルデちゃん今日もアレをご所望かな? 友達が来るとは思ってなかったけど君が好きだから少し多めに作っておいたんだ」
そう言ってカスパルは調理場から一つの取っ手のついたカゴを手渡してくれた。
「ベルクイモのベリッシュだよ」
ベルクイモはベルク王国で作られるイモの一種で、寒さが厳しく土の栄養が不足がちなベルクの土地においてもたくましく育つ強い野菜だ。ベリッシュはそれを線状に厚く切り、油に通したシンプルな料理である。独特の食感とほのかなイモの甘味がたまらない、城内では味わえない背徳的な一品である。この酒場でも大人気で、ベリッシュを摘まみながら酒を水のように飲み干す常連が多い。酒を嗜んだことのない私ではあるが、ベリッシュは食べ続けると口内の水分を吸っていくので、飲み物を流し込みたくなる気持ちは理解できる。





