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不死姫  作者: 秋水 終那
第一章 不死の姫と傭兵兄弟
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02 親子

 ああいった手合いはあとを絶たない。

 無言の圧力。これで引いてくれるなら、なんて平和的な解決であろうか。

 だが、同時に厄介なことにもなった。あの二人組はまたやってくるであろう。多勢を引き連れて。


 二人の姿が見えなくなったころ、私は振り返り山間の関所に戻る。


 なだらかな坂に荷馬車が横に二台程度並走してもまだ少し余る程度の道。

 この先……来るものを拒むアウスティン山脈が(そび)え立つ。

 強大な力を持ったブーゼ帝国と複数の小国から出資し立ち上げた商業都市カフマンを隔てる山脈。

 その切れ目に私の愛する国ベルクがある。

 ベルクはとても小さな国ながら、交通と商業の要衝として多くの商人や旅人を迎え入れ栄えた。

 裕福な国とは言い難いが皆が幸せに暮らしている。


「姫様! ご無事ですか?」


「心配は無用、問題ない」


 心配そうに駆けつけた関所の見張り役に何事もないと微笑む。


「姫様に何かあればと心配で心配で……」


 彼は筋金入りの心配性だ。

 子供の頃から何事にも慎重で、いつも危険を顧みない友達を諫めるのが役割だった。


「心配するだけ心労になるぞ。私はなにがあっても死ぬことはない」


 少し語弊があるな、私は滅多なことでは死ぬことがない。


「女王様、親父はただ臆病なだけですよ。まったく齢が五十も超えているのに、まるで子供だ」


 私達の会話に精悍な顔立ちの青年が割って入る。


「それに親父、姫様じゃなくてブリュンヒルド女王様だぞ」


「お前も立派になったものだな。小さな頃はいつも姫様、姫様と私の袖を引っ張っていたのに」


「そ、そんな昔のことは覚えておりません!」


 青年は顔を赤らめ恥ずかしそうに俯いた。

 今しがたの話を鮮明に思い出したのだろう。

 ほんの十年程前を昔か……私にはまるで昨日の出来事だよ。


「賊が帰ったのであれば姫さ、女王様はお戻りください!いつまでもこんなところに王族がいらしても大したおもてなしも出来ませんし」


 ほう、照れ隠しにそう来たか。

 父親と共に幼き頃の出来事を語り合おうと思ったのだがな。


「無理をしなくてもいい。女王様なんて他人行儀だし、ましてや王族などもはや私一人ではないか」


 そう、ベルクの王族は私を残し滅びている。だからいつまでも私を王として祭り上げる必要はないと言うのに。


「それに私はベルクの民草のことは家族だと思っている。お前が望むのであれば母とでも、姉とでも呼べばいい。何なら祖母としてでもいいぞ」


「お言葉ですが、姫様の容貌では母や姉と言うよりも……」


 私の顔を見た後に視線をそらし口ごもっている。


「ふむ、妹と変わらぬと申すか?ならばこう呼ぶとしよう、兄様」


「お、お戯れを!」


 見張り役の青年は大人の仮面が零れ落ちて年相応の表情を見せた。

 だがせっかくの表情はすぐに俯いて見えなくなってしまった。


「ははは!お前、姫様に惚れてるな?まぁ無理もない、国の男衆の初恋はだいたい姫様だからな」


「う、うるせぇ親父!ちげーよ!」


 家族とは、やはりいいものだな。

 親子の可愛い口喧嘩を目の当たりにし、心の中に小さな波紋が広がる。

 楽しいような、寂しいような、嬉しいような、懐かしいような。心の中に落ちた感情は判然としない。


「そう言えば姫様、賊はなぜ何もせずに帰ったのでしょうか?」


 深い(しわ)が刻まれ始め、立派に蓄えた髭に白が侵食しだした顔をこちらに向け父親は言った。


「あぁ、私に気圧されて諦めて帰ってくれたならばいいのだが、恐らく違うだろう」


「と言うと?」


「雰囲気からすると人手を集めに戻ったのだろう。数日内とはいかんが、近いうち大きな戦になるやもしれん」


 私の真剣な表情に二人とも長と部下の関係として静かに耳を傾ける。


「警戒と準備は怠るな。国に戻ったら長距離用の装備を補充するように伝える」


「姫様!私も戦えます!このような有事のために剣の修行も怠らずに続けてまいりました。ですから!」


 共に戦いたい。そう言った青年の眼差しは同じことを訴えてくる。

 貴方と共に戦いたい。貴方と共に国を救いたい。貴方を救いたい。


「まったく、父親によく似て心配性だな。あんな賊の十数人、私一人で問題ない。それに……」


 奴らの狙いは私のようだしな。とは言葉に出さなかった。これ以上心配は掛けられない。

 矢面に立つのは私だけで十分だ。国の脅威ならまだしも、私個人を狙っているなら尚更である。


「大丈夫だ。今までもそうして来ただろう?」


 そして、それはこれからも変わらない。

 私の愛する国に、愛する民草に……家族に降りかかる火の粉は全て払いのける。


「お前の気持ちは嬉しく思うよ。ありがとう、アベル」


 青年、アベルの頭を優しく撫でる。

 いつの間にか大きく背が伸び、爪先立ちでないと届かない。

 ほんの少し前までは私の腰元程度しかなかったのにな。


「男子の成長は早いものだな」


 そう言い残し関所を後にした。

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