17 欠伸
地下の訓練場内は静寂が支配し、蝋燭の火が優雅に踊っている。先程から動きを見せないラルフと動きを見逃さないように凝視し続ける私。両者別々の硬直。
これは精神統一とかそう言った類の訓練だっただろうか。確かに、戦闘の経験があるもの程、槍と言う武器の危険性を十分に配慮し慎重になるだろう。そんな敵を相手取るならば、この硬直状態でも集中を乱さない訓練として成立する……
ええい、邪魔臭い。例えそうだとしても、先程至った――ラルフがただ休憩している――考えが一番しっくりくる。素人目から見ても隙だらけの騎士団期待の星――
「ふわあぁぁ」
なんとも呑気な欠伸。噛み殺すこともなく、大口を開けて堂々とした振る舞い。全身の血液が頭に集まってくるようだ。状況が違えば恋でもしたのかと思うほどに顔が熱い。いや、違いない私はこの瞬間を恋い焦がれていた。ならばあの欠伸は彼なりの告白と受け取ろう。答えは即座にくれてやる。
左足で石畳を蹴り、地を離れた右足で大きく一歩進める。左足で得た推進力と私の体重を乗せて右足が着地する。ただ踏みとどまってせっかくの力を殺さぬよう前のめりの姿勢。折を見て強く握った槍を前方へと押し出す。そして右手で精密に狙いを定める。もちろん狙いは高く整った綺麗な鼻っ面。文字通りにその鼻っ柱をへし折ってやるぞ。
ただの木の棒とは言え、素人から繰り出されたお粗末な突きとは言え、未発達な女の膂力とは言え打撲は免れないだろう。その一撃をなんの躊躇いも容赦もなく人体の急所に打ち込む。訓練中は実戦と思え、以前ラルフが語った教訓の名のもとに目の前で欠伸をする本人に渾身の一撃が襲い掛かる。
痛快な音を立てラルフの鼻を陥没させる――はずだった一撃はただ彼が左足を引き、半身になって交わされる。槍の標的を見定め、最低限の動きでかわされた。
「姫様、これにて詰みにございます」
二撃目を考えない我武者羅な踏み込みにより体勢は崩れ、全霊の突きを放った両手は伸びきってしまっている。次の攻撃に移るには体勢を整える必要性があるが、私の首元に添えられた木剣の切っ先がそれを許してはくれないだろう。絶好の機会と見ていざ飛び込んでみたら、ただ相手に自分の首を捧げた形となってしまった。
「ラルフ……さっきのは私の突きを誘った演技だったのか」
「ええ、しかしあれ程に正確無比かつ、力の伝達も完璧な突きは称賛に値します。ただ、それが躊躇なく私の鼻に飛んできたことを除けばですが……」
「あら、お褒めにあずかり光栄でございます騎士様。惜しむらくはこの思いが貴方様に届かなかったことですわ」
軽口を交わし、お互いに身を引き体勢を整え構え直す。今度はラルフもしっかりと剣を構えて立つ。
「さぁ、今度はちゃんと私が打ち込みます。しっかりと捌いてみてください」
ラルフが攻め手となって様々な剣技で仕掛ける、それを私が槍で捌き、受けきる。普段の訓練が開始された。木と木がぶつかり合う乾いた音が訓練場を満たし、時折ラルフの助言が響き渡る。私たちはその日時間を忘れて訓練に励んだ。何せ時間を知らせてくれる太陽の光は届かないのである。普段はラルフから終了を告げるのだが、今日は私の気の向くままに任せてくれたのだろう。





