15 逃走
およそ三百年前。ベルク王国は平和を謳歌していた。裕福とは言いきれないものの国民は小さな幸せを噛みしめ日々を過ごしていた。それは国王、お父様の力だと思う。
そんな頃、十七歳を迎えたばかりの私は口うるさい教育係に追われ城内を走り回っていた。
「ブリュンヒルド様! 太陽の高いうちはお部屋でお過ごしください。それにもうすぐお勉強の時間でございます」
「嫌よ! あの部屋辛気臭いんですもの。それにこんな私が何を学べと言うのよ」
「それは、お母様のような立派な王妃様になるために必要なことなのです」
「知ってるんだから、月の子の私は王室で疎まれてることくらい。そんな私が王妃になれるわけないじゃない」
そう言われて黙ってしまう教育係の彼女。ほら、図星じゃない。
ベルク王家は血統を重んじる。小さな国故に王族に相応しい貴族も乏しく。他国からの血を迎え入れることも拒んでいるため、血の近しいもの同士での婚姻は珍しいことでもない。
そのためか、稀に月の子と呼ばれる忌み子が生まれることがある。
白い肌、白い髪と怪しく光る深紅の瞳。様々なものに恵みをもたらす太陽の光で身を焦がし、月光の中でしか外に出られない異端。国の凶兆などと言う者もいるが、お父様とお母様は私にとても優しく接してくれる。お前は宝石のように美しいと。そんな国王と王妃の計らいで私は今まで何不自由ない生活をしてきた。
しかし昼間から厚いカーテンで閉ざされ、ランプの灯りのもと勉強をする日々にはうんざりだ。月の子だろうと関係ない。十七歳と言う多感な時期を牢屋のような部屋で過ごすのは我慢の限界である。
「それに体のためとは言え、あんな部屋でじっとしていたらそれこそ体に毒よ。だから今日のお勉強はなし! ラルフを呼んで頂戴。槍術の訓練をするわ」
「ブリュンヒルド様、昨日もそう言ってお勉強からお逃げになったではありませんか。それにかようなものは姫様に必要はありません」
「あら、ベルクは小さな国ですもの。王室の人間とは言ってもいつ戦いになるかわからないのよ? 武芸の一つも出来ないなんて恥ずかしいじゃない」
「また、そのような詭弁を……」
しかし教育係は諦めたようで、踵を返す。
「明日こそは後れを取り戻すために、お勉強漬けにさせて頂きますからね! それではラルフ殿をお呼びしますのでお着替えになってお待ちください」
私は着替えのため一端辛気臭い部屋に戻る事にした。とは言えラルフとの訓練で心の内はとても明るい。体を思いっきり動かせる喜びもあるのだが、彼と会えるのも部屋までの足取りを軽くしている要因でもある。





