第97話 叶恵の苦しむ顔が見たかったんだ(爽やかな笑顔で)
「グダグダな戦闘だな」
『仕方ないよ。お兄ちゃんとビッチ以外は初めての水中戦だし動きも緩慢だし。負けるのは時間の問題だと思うよ』
「ですよねー」
地上と水中ではやはり戦い方が違う。
地上で受け身の戦いが出来ても水中でそれをやれば後手に周り死ぬ。
平面ではなく立体行動が出来る水中では自分から動きくしかないのだ。
「きゃああああ!ピエロ!ピエロ!助けてください!」
「あー。ご主人、申し訳ないっす。捕まりました」
9本ある足を丁寧に1本ずつ相手していたらどうしたって腕が足りない。
2人でも腕は4本で相手の半分にも満たない。
速さでカバー出来ればいいが叶恵とパルに速さなんてない。あるのは破壊力というなの胸だけである。
「どうするホース。前衛が倒れたら私たちが捕まるのは時間の問題だぞ」
「今腕が2本塞がって残るは7本……もう少し減ってくれると助かるんだがな」
冬馬が開けるゲートの数は10つ。
9本の腕を相手に9つのゲートを使ったのでは移動面に支障が出てしまう。
攻撃用が7つ。移動用に3つ使えなければ分が悪い。
「アシュ。強化を頼む。そしてメアは自分とアシュを守れ」
「い、言われなくてもさっきからやってる!」
「頼もしい女王だ。さて……主人を助ける気はあるか?」
冬馬が話しかける相手は主人が襲われご立腹のシープ。
羊とは思えないほど鋭利な歯をむき出しにし顔にはシワが刻まれている。
歯だけアップに映せば鮫にも見える。
「グルアッ!」
いくら冬馬が叶恵を挑発したり悪戯しようと怒らなかったシープがこれ程怒っているのだ。
殺意ならこの中の誰よりも高いだろう。
「戦意は十分。今から足を切り落とすから喰らえ」
「ガルル」
冬馬は脚の電極のスイッチを入れるとゲートを足場に急加速。
勢いそのままパルが捕まるイカの腕っを切り落とした。
「ほらシープ。餌だ」
「クルル!」
シープは元のサイズの数倍のサイズになると冬馬が切り落とした腕にかぶりついた。
「いい食いつきだ。どんどん行くぞ!」
とは言っても、脚の電極による加速の限度はたったの3分。
3分という短い時間ではイカの腕を全て切り落とすことは出来ない。
「強化込みでもこれ以上はな……感電するかもしれないからな」
水という電気を通してしまう液体で満たされる海は電極の時間を誤ると離れているアシュやメアにまで感電の恐れがあるのだ。
「グルル……」
「不服そうだな。シープ。安心しろ、必ずお前の主人を盗り返す」
だが加速が出来ない今、近接に持ち込むのは避けたい。
イカの腕は残り4本。
数が少なくなれば速くもなる。それは、叶恵が捕まる腕も例外ではない。
水中では銃は使えずおまけに魔法も使えない。
叶恵1人抜けるだけで近距離集団と成り果てるのだ。
「パル。このゲートを斬れ。アシュはパルを強化だ」
「分かった」
「こう?っすか?」
「もっと強くだ」
「こう!すか!」
「ああ」
「なにをするつもりっすか?」
「時空魔法ってのは時間と空間を操る魔法だ。それ故に瞬間的な移動が可能なんだ。つまり、空間さえ確保出来れば無敵にすらなれるということだ。今、パルが斬った斬撃を時空魔法で飲み込み、海獣の周りにゲートを配置。すると」
直後、イカの腕が全て斬られ水中に漂った。
「グルガアアア!」
それをシープが喰らい、シープは叶恵の前に立った。
「シープちゃん……気持ち悪い」
無作為に動く腕に捕まった叶恵は線路がないジェットコースターに乗ったのと同じ。
三半規管にダイレクトアタックをされ目が回りシープにしがみつくしかなかったのだ。
「ティア。叶恵を回収してくれ」
「分かった」
「ピエロ……なんで私だけ助けてくれなかったんですか……」
「そうやって苦しむ顔が見たいからだ」
「外道……」
「外道ではない。道化だ。……さてシープ。最後の仕上げだ」
腕をもがれたイカはなす術なく逃走を開始した。
だが逃走するのが遅かった。
冬馬から逃げるのであれば冬馬が視認する前に逃げる必要がある。
苦し紛れにイカ墨を吐いて撒こうと懸命に泳ぐが遅い。
ガラ空きとなった背後から鮫の如き歯が襲い掛かった。
「無重力空間で銃を撃った場合、なにかにぶつかるまで弾丸は飛び続ける。威力、速度、回転はそのままで。つまり、こうやってシープを投げると」
小さくなったシープを振りかぶり野球選手よろしく全力投球。
圧を受けないシープはそのまま巨大化しイカにかぶりついた。
「残念だったな。クラーケン。人間だけだったら勝てたかもしれないのにな。こちらには神獣がいる。クラーケンも神話の生き物ではあるが、神獣として登場しなかったのがお前のミスだ」
『まだあの羊もぐもぐしてるよ』
「どこの猫又かな」
「ホース。終わったなら向かうぞ」
「ああ。シープは主人を運ぶといい。初めて主人を見つけた時のように」
冬馬は叶恵をシープの背中に乗せると水中都市へと向かった。