第96話 泳げない人を海のど真ん中に突き落とす外道
ティアに水中適応を付与された叶恵達は水際で止まっていた。
「入っても濡れないし溺れないんですよね?」
「ああ」
「ほ、本当に大丈夫ですか!私、泳げないので嘘つかれると死んじゃいますよ」
「大丈夫っすよ。自分は泳げるので助けますよ」
「あ、ありがとう」
そう言いつつ叶恵の足はガクガクと震えている。
冬馬は既に水の中。アシュとパルは水路に座り込み入る気満々。
叶恵とメアだけが躊躇していた。
「叶恵。手を繋ぎましょう?」
「そ、そうですね。その方が安心出来ます」
「……道連れにする気だ」
泳げるパルと手を繋ぐならまだしも、泳げない者同士で手を繋いだ所で意味はない。
そもそも水中で手を繋ぐこと自体無意味なのだ。行動の妨げになり、2人とも死ぬのがせいぜい。
叶恵達の愚行をアシュは冷ややかな目で見ていた。
「僕先に行くからね」
「自分もお先に」
アシュとパルが水中へと消え、残された泳げない組。
叶恵は水に怖がり、メアは叶恵の手を強く握りしめている。
「なにしてんだあの2人は」
「2人して泳げないから水に入るのが怖いんだって」
「泳げない人からすれば海は怖いっすよね。波打ち際なら楽なんでしょうけど」
「ティア。水中適応は付与したんだよな」
「ちゃんとした」
「仕方ない。強制的に海に落とす」
冬馬が上に上がると水際で立ち往生している2人が目に入った。
「なにしている」
「泳げないって言ったじゃないですか!」
「水の中に入らずに水中都市に行く方法ってないの!?」
「なんだそれ。トンチか?」
そんなトンチ、一休さんでも投げ出すわ。
「不可能だ。さっさと行くぞ」
「で、でも……」
「年増の駄々は見苦しいだけだぞ」
「うるさいですよ!私だって好きで歳を取ってるわけじゃないんです!」
「そんなに入れないなら道化が入れてやろう」
「「え?」」
冬馬は仮面の中でにこやかに笑うと2人の足元にゲートを開いた。
「ちょっとピエロ!一生恨むからね!」
「いやああああ!下!水!落ちる!」
2人が落ちた後には高い水柱と小さな虹がかかるだけだった。
「パル。アシュ。頼んだ」
「分かった」
「了解っす」
駒を偶数にしておいてよかったと思う冬馬だった。
パーティメンバーの半分が泳げないとかグダグダもいい所。
それなら足に錠でもかけて連行した方が断然早い。
「準備も整ったようだし行くぞ」
「ピエロ……本当にそういう所ですよ」
「人の事も考えて行動しなさい」
「グズグズするなら置いていくだけだ」
「でも綺麗」
工業地帯もなければ水性汚染などもないこの世界の海は透き通っている。
まだ水深は浅く魚達が優雅に泳いでいる。
「そんなに珍しいことなのか?」
「まあ、地上にはこんな綺麗な場所ない」
「そうね。せいぜいピエロと見た王都の夜景くらい?」
「なにそれズルい。僕は屋根の上からだったのに」
「私なんてそんな夜景なんて見たことありませんよ!」
ぎゃあぎゃあと言い争いを始める駒達に冬馬はため息しか出なかった。
「ご主人も罪なお人ですねー」
「分かった分かった。今度王都の上空に放り出してやるから今は静かにしてろ」
「それじゃただの殺しですよ」
「夜景を見たいのだろう?」
「アタシはピエロのエスコートありの夜景だったから」
「火に油を……ティア。メアの水中適応を消してくれ」
「いいのか?」
「ああ、王都の家で『1人』留守番だ」
「嫌!1人は嫌!暇で死んじゃう!謝るから強制送還はやめて!」
「ならこの話は終わりだ。いいね?」」
「今度連れてってね」
「気が向いたらな」
やらない奴の常套手段。「気が向いたら」「いつか」「あとで」この3種の神器は最強なのである。
「これから深海まで潜るが、かなり危険だ。人魚族のティアは狙われることはないが、道化達には容赦なく海獣が襲ってくる。油断していると一瞬で食われるぞ」
「そんなに危険なんすか?」
「ああ、外殻は硬く刀が弾かれ、魔法も効かない」
「外殻である鱗を剥がせば奴らも普通の魚と変わらない」
「海獣はデカイ故にメアの防御も意味を成さない。襲われたら逃げることだ」
「もし食べられたら」
「そのまま養分となれ」
いくら冬馬でも海獣との戦闘は面倒くさいのだ。
硬い鱗に電気すら通さない皮膚。動きは遅いものの体力は高いという守りに特化したような生物。
その上攻撃力はカンストで一撃必殺GAMEOVERという調整ミスを疑う見た目も性能も化け物に仕上がっている。
深海へと降る途中、先行していた冬馬とティアが歩みを止めた。
「あれは海獣のか?」
「ああ、海獣だとも。深海の王、ポセイドンに唯一対抗出来ると言われている海獣だ。ま、海獣同士は争いあったりはしないから言われているだけだがな」
「なにが見えるんですか?」
「イカ。いやたこか?」
『足の数は9本』
「結局どっちだよ」
イカでもタコでもない多足類生物ってなんだよ。
SCPかなにかですか?
「ピエロ。アレ、僕たちを狙ってる」
「そうか。パルと叶恵は前衛に、アシュはメアと組んでティアは……出来ればアシュメアと一緒に居てくれ。強化回復担当への直撃を防ぎたい」
「分かった。そばに居よう。私が危険と感じた時点で2人を移動させるが文句はないな」
「ああ、頼む」
「ピエロはどうするのよ」
「観戦でも居ていようか。ピンチになったら助ける。多分」