第66話 「お嬢さんじゃない。年増のババアだ」
夜があけ太陽が港町を照らす中、メア達はきゃいきゃい騒ぎながら着替えをしていた。
「やっぱりドレスは嫌いね......動きにくいったらないわ」
「逆に僕はお腹スース―して落ち着かない」
「そうですか?アシュさんも似合ってると思いますよ?」
『変態』
なぜいきなり妹に罵倒されなければいけないのか。
『なに平然と着替え見てるの?そこは「ご、ごめん!」とかいって部屋を出るか目を隠すべきなんじゃないの?』
「ははは。王道のラッキースケベみたいなことはしなくていいだろ。それに、裸なんてもうたくさん見た」
『変態からド変態にクラスアップしとくよ』
「解せぬ」
部屋が一部屋しかないのだから仕方ないじゃないか。
メアは女王らしいドレス。
オスカーと話した時のようなヒラヒラしたドレスで少しでもかがめばドレスの裾が地面に付くほどに長いロングドレス。
メアを筆頭にしたパーティというテーマに沿って選ばれたアシュの衣装はこれだ。
いつもはだぼだぼのTシャツとパンツを履いているが今は短めの服と太ももが完全に出されたホットパンツと呼ばれるもの。
その姿はさながらアサシンのように軽装備だった。
逆にパルは全身を鉄の鎧で固め、片手には剣、片手には盾という重装備。
パルも常に軽装で重装備に慣れてないのかさっきから動かずにプルプルと震えている。
「あれ、叶恵はどこに行った」
「叶恵なら、ほら、あそこにいるじゃない」
とメアは指指したのはカーテン。
カーテンの一部は膨らんでいて、下からは露出した純白のハイソックスが見えていた。
「叶恵、いつまで隠れているつもり?」
「恥ずかしいんですよ!こんな姿で街中を歩くなんて無理です!そもそもピエロに見られたくありません!」
「26歳のメイド姿は見るに堪えない」
「ほら!こんなこと言ってますよ!」
叶恵が着せられたのはメイド服。それもミニ。
女子高生がミニメイド服を着るならば年相応で可愛らしいが、26の三十路近い女性がやっても痛々しいだけである。
「しょうがないじゃない。これしかなかったんだもん」
「そもそも着替える必要ないんじゃないか?剣は持ってるわけだし、チェストプレートか足元を固めるだけで十分護衛ぽく見えると思うが?」
「そうですよ!わざわざメイド服にする必要はないじゃないですか!」
今この場に正論は必要ないとメアとアシュから冷たい視線を冬馬に向けた。
メアはいつものことだが、アシュまでもが敵に回る事実。
既に戦いは始まっていたとは。気がつかなかった。
「あまり動くとパンツ見えるぞ」
カーテンのおかげで顔は見えていないものの、カーテンで隠すにはいささか短すぎた。
ハイソックスから伸びるガーターベルトを辿るとソックスと同じ白色の生地がコンニチワ。
三十路近くの女のパンチラなどエロさも可愛さもない。
「さて、ごちゃごちゃ言ってないで行くぞ」
「もう少し私の話を!」
「うるさい。大人しくついてこないのなら今すぐ王都の街中に飛ばすぞ」
「ついていきますけど!久々のヒールなのでもう少しゆっくり歩いてください!」
出会った当初はなにも言わずに森をヒールで歩いて血をにじませていたのに、アスファルトとまでは行かないがそれなりに整備された道をヒールで歩くだけで文句を言うとは。生意気になったものだ。
冬馬は黒服の執事に変装すると王都から持ってきた豪華な馬車で街中を走る。
メインストリートの突き当りには大きな屋敷があり、本拠点ではないものの王族の別荘にあたる場所。
ジャックとの待ち合わせ場所でもある。
「止まれ!何者だ!」
門番に止められてしまったがこれも予定通り。
門番がこちらに近づいてくる間に門が開き、中からジャックが出て来た。
「メアさん!来るなら事前に連絡を......」
「あらごめんなさい。でも挨拶に来ただけだからもてなしとかはいらないわ」
「ああ、えええと......取り敢えず君たちは父に伝えてくれ。王国女王が挨拶に来たってね」
ジャックは門番に指示を飛ばすと門番は背筋を伸ばし、屋敷の中へと走って行った。
「見事な演技だ」
「ふふん。近侍を欺くために演技だけは練習したのだよ!」
『発想が仮病で休もうとする中学生』
「言ってやるな。本人はこれでも真面目なんだ」
国を背負う人を仮病の中学生と一緒にしてやるな。
ジャックに招かれた冬馬達は応接室へと通された。
ここまでは予定通り。だが物事が予定通りに行くことは稀でその場の臨機応変な対応が求められる。
扉が勢いよく開いたかと思うと無数の鎖が冬馬達を襲った。
ある鎖は巻き付き、ある鎖は持ち上げ、ある鎖は首筋に鋭利な先端を突きつけた。
「ちょっと!いや!見ないでください!」
鎖の標的はどうやら叶恵のようで鎖が巻き付きあられもない姿になってしまっている。
「ピエロ!どういうつもりですか!」
「道化がそんな器用なことすると思うか?やるならそのメイド服全部剥ぐ」
「そっちの方がよっぽど器用でしょうよ」
「今はそんなことはどうでもいいんだ。問題は誰がやったかだ」
入り口に視線を向けると狐面の人型が立っていた。
「これはこれは、怪盗ピエロ一行ではないですか。お初にお目にかかる。狐と申します」
恭しく狐はお辞儀した。
だが恭しい態度とは裏腹に声は変声機かなにかで変えられていて、ローブらしきものを着ているため体格も性別すらも分からない。
ま、性別なんて相手を特定する上で当てにならないのは冬馬はよく知っているが。
「なぜ攻撃をした」
「怪盗から宝を守るため。ああ、相棒に情報を頼んだ所で出ませんよ?狐は化けるのでね」
『確かに出ない。全てが不明。出生も育ちもこれまでの記録の全てがない』
こちらの手の内は知られている。
何者なんだ。
「1つだけ教えましょう。狐の眼は魔眼です」
「またファンタジーなものを。アシュ、魔眼ってなんだ」
「魔眼は魔力を使わずに魔法を行使できる。多分相手が持っているのは『看破の魔眼』こっちの情報は全て見える」
「大正解。どうだい魔族のおじょうさん。狐と一緒に来ては」
「行かない。僕はピエロの駒だから」
「ふむ。残念だ。ああ、そうだ。狐はこれを言いに来たんだ」
それは冬馬にとって最悪の知らせだった。
「君が欲しがった写真はこの通り、狐が持っている。写真だけじゃない。このメイドのお嬢さんもね」
「お嬢さんじゃない。年増のババアだ」
「ピエロ!」
「怒るなってお前は道化の駒だ。誰にも渡さない」
「楽しみにしているよ」
狐は背後にゲートを出すと叶恵を連れ入って行った。
「どうするの?」
「どうする?だと。決まっている。あれは道化の物だ。誰にも渡すわけがない。」
なにより叶恵は他の人に渡していい物じゃない。
冬馬は駒を奪還するために頭を回転させた。