第37話 破天荒の血筋は抗えない!
宿屋へと戻った冬馬はベットに腰を下ろした。
『これで後腐れなく地下帝国に行けるね』
「そうだな。結局コレ、使わなかったな」
冬馬がゲートから取り出した黄色石。
人間である冬馬ですら顔をしかめるほどの悪臭。
火山など熱い地層にある硫黄という鉱石。持っているだけで悪臭を放ち熱すればその悪臭は瞬く間に部屋全体を支配する石。
嗅覚が人間の1億倍もある犬の獣人のジジにこれを嗅がせたらどうなるか。
「慌てふためくジジの姿が見れると思ったのに」
『仕方ない。ジジだけじゃなくて他の獣人にも効果はあるだろうからそれで我慢』
「そうするかね」
「ピエロ……?」
冬馬が八重と話しているとようやく目を覚ました叶恵がのっそりと体を起こした。
この世界での叶恵の寝巻きはかなりゆったりしている。肩口で揺れる白髪にカーテンから差し込む光が叶恵を扇情的に見せた。
「なんだ。今頃起きたのか寝坊助め」
「旅なんですからゆっくりしましょう?」
思えば常に叶恵を警戒している冬馬と違って叶恵はほぼ無防備だ。
ナンパや誘いには固いくせに本来敵である冬馬の前では無防備すぎる。
姿を晒したのが女の姿だから警戒心が少し解けたのかもしれないがそれにしても無防備すぎる。
「叶恵は道化を警戒しないのか」
「警戒?ですか?」
冬馬はガラにもなく聞いてしまった。
「最初は警戒してましたがピエロがいい人って分かったので今はしてないです」
「道化は怪盗でもしかしたら叶恵の大事なものを既に奪ってるかもしれないんだぞ」
「ピエロは女性ですし例え男性であったとしても私はピエロを信用します」
なぜ敵をこうも信用出来るのか冬馬は理解出来なかった。
冬馬が今信頼出来るのは相棒であるジョーカーこと八重だけだった。
完全な駒であるメアとアシュにさえ心を許してはいないのだ。
「そうか。叶恵は道化を信頼してるのか。馬鹿だな。怪盗を信頼してもいいことなんてないのに」
「ありますよ。多分」
打算もなしに動くあたり叶恵らしい。
その後、帰って来てすぐのメアとアシュを連れ冬馬達は地下帝国へと向かった。
☆
冬馬達が旅をしている一方で王都ではリーネとオスカーが頭を悩ませていた。
「オスカー。どうにかなりませんか」
「今僕の所の兵と騎士団で情報を集めてはいますがイマイチ有力な情報がありません」
「まったく……あの子はこんな時に家出なんてなにを考えてるのでしょう」
「メアの破天荒さは昔からですから」
「怪盗に連れ去られたと聞いた時には気が遠くなりましたが元気にやってるそうなので今はよしとします」
穏やかに笑うリーネをオスカーは珍しいものでも見る目で見ていた。
「なんです。私の顔になにかついていますか?」
「いえ、珍しいなと。メアが抜け出したりした時は容赦なくビンタしていたのに」
「それは小さい時の話でしょう?それに血は抗えないものですね」
「というと?」
コホンとリーネは咳払いをすると過去の話を始めた。
「私の夫、メアの父は冒険者です。特別優秀な戦績を残したわけでもなく優秀なスキル、能力を有していたわけではありませんが私は彼に一目惚れをしたのです」
「ですが王族と対面できるということは貴族の出かそれなりに名の知れた冒険者だったのでは?」
「いいえ、平民の出の一般的な冒険者でした。出会ったのは水都です」
「つまり、リーネ様も家出を?」
「そうなりますね。その時はアメリアに会いに行くだけと思っていましたが冒険のぼの字も知らない王族が1人で林を抜けるには無理があったんです。結局私は盗賊と鉢合わせしてしまいもうダメだと思った時に彼が助けに来てくれたんです」
リーネは楽しそうに頬を緩め左手の薬指に嵌る指輪に手を添えた。
「カッコ良かったです。まさにヒーローでした。現れたかと思ったら一周のうちに盗賊を蹴散らしてしまいましたから」
「確かにメアのお父様のことはあまり民衆には知らされてないですよね」
「彼が嫌がったんです。「仕事に支障が出るから婚約のことは伏せてくれ」と」
「珍しい人ですね。王族のしかも女王に目をつけられたとなれば一生遊んで暮らせるほどの金銭的余裕ができ冒険者なんて危ない仕事をしなくても暮らしていけるのに」
「彼からすれば冒険こそが全てなんです。実際に彼はパーティを組んでいましたしパーティの仲間とも関係を持っていました」
「リーネ様の時に破天荒な血筋は存在していたんですね」
「皮肉なものですね。かつて自らが楽しんだ事に悩まされることになるなんて」
リーネの顔から自嘲の色が見られそれに釣られてオスカーも笑った。
「ついこの前メアからの手紙が更新されたので無事なのは確認していますがそれでも母として心配ですね」
「更新?」
「定期的にメアの部屋に置き手紙があるのです。筆跡からメア本人が書いたもの。近況報告的なものですが日記を読んでいるようで楽しいですよ」
「そうですか……楽しくやっているのですか」
「ええ、怪盗ピエロ。ふふふ」
「どうかしましたか」
「いえ、あの人と同じなのです」
「同じ?」
「ええ、初めて出会った時に彼が名乗った名前です」
「メアのお父様の名前って……」
「犬神慎也。メアが生まれてすぐに亡くなってしまった私の愛しき夫です」