第2話 宝の定義
「ちょっと……待って……ください」
「なにしてる。早くしろ」
「ヒールで森なんて……歩き慣れてないんですから、少しくらい待ってください……」
木に寄りかかり叶恵が到着するまでの間、冬馬は八重と話していた。
「1番近くの集落はどこだ」
『ここから真っ直ぐ北に行ったところに集落があるけど、おかしいんだよ』
「なにがおかしい」
『人の気配はしっかりあるんだけど電子機器が一切ないの』
「めっちゃ行きたくなくなった」
『どうして?』
「こういう電子機器がない辺境って伝統を大事にしてることが多い。しかも英語とかでもかなり訛っててりで聞き取りにくかったりするし万が一通じなかった場合その場で襲いかかってくることだってあるからな」
『通訳はこっちでも出来るけどどうする?』
「まあ、人喰い集落だろうが限界集落だろうが行くしかない。少なくともあのヘロヘロ刑事をどうにかするためにもな」
冬馬は仮面から見える情報を整理した。
八重から送られてきた情報は地形情報と生物情報。
冬馬が今いるのは少し高い崖の上、足元には滝があり滝の先が集落のある場所だった。村があると言った場所には人と思われる黄色の中立を示す丸が集中していて多くの丸が動いていた。
「誰と話してたんですか?」
「お前には関係ない。休んでないで行くぞ。日が暮れる」
木から降りるとピエロは叶恵の元へと近づいた。
「な、なんですか。まさかここから落とすつもりですか」
「馬鹿か。ここで落とすならさっき撃ち殺してる。いいからじっとしてろ」
冬馬は叶恵を崖側に立たせると助走をとった。
「落とさないでくださいね!死んじゃいますから!」
「お前が指示を無視しなければ落ちない。少しでも対抗したら落ちるからな」
冬馬は走り出すと叶恵を素通りし滝壺目掛けて飛び込んだ。
「飛べ!」
「えい!」
叶恵が崖から飛び降りると冬馬はグラインダーの翼を広げた。それに吊られるように叶恵がぶら下がっていた。
「まだ心臓がバクバク言ってます……」
「そうか?普段お前ら警官が乱射してくるなか逃げるよかマシだろ」
「それはピエロが逃げるから悪いんです。大人しく捕まれば終身刑くらいにはなりますよ」
「そんな獄中生活なんてごめんだ。道化は自由でありたい」
怪盗ピエロ。その素性を知る者はおらず性別すらはっきりしていない謎多き人物。
盗みに入る時は決まって夜。黒い外套を纏っているのだから当然かもしれないがその外套の下には考えられないほどに武器が存在する。
今現在、警察が確認しただけでも、銃、ワイヤーフック、手榴弾、麻酔針、発煙筒、火薬、マッチ、ナックルがあることが分かっている。
特別危険な物は銃と手榴弾くらいしかないが、ほかにも隠し持っている可能性があり、その隠し持っている武器の組み合わせが警察にとって1番の脅威なのだ。
「降りるぞ」
「はい」
叶恵の足が地面についたことを確認すると冬馬は自分も地面に降りた。
「ピエロはなぜ怪盗という行為をしているのですか?」
「ああ?さっきも言っただろう。そこに宝があるからだ」
グライダーを片付けながら冬馬は言った。
「それだけですか?では、世界中の宝がなくなればピエロは盗みを止めるんですか?」
「世界から宝がなくなることなんてあるわけない。宝の認識なんて人それぞれだ。宝石だったり高級品だったりする奴もいれば、思い出だったりその一瞬が宝って奴もいる。人がいる限り宝が無くなることなんてない」
「ではピエロは怪盗を止めないと?」
「そのつもり」
冬馬からすればなにを今更という感じだろうが、叶恵からすれば不明なことが多すぎで今は少しでも冬馬が人間であるという証拠が欲しいのだ。
邪魔をすれば誰であろうと殺す怪盗ピエロ。道化の面は常に笑っていてまるで人間ではないような感覚に襲われる。
刑事とて人間の心をなくした人形ではない。怖いものは怖いし怯える時は足腰が役に立たなくなる。
叶恵は冬馬から少しずつ情報を取ろうとしているのだ。
「まあ、道化がお前の質問に真面目に答えるかは知らないが」
だが「取る」という行為に置いて怪盗である冬馬の方が上手なのだ。
「別に真面目に答えなくてもいいですよ。どうせ私の意見なんて誰も聞きませんから」
「自虐は後にしろ。行くぞ」
「分かりました」
冬馬は心底興味なさそうに先を歩いた。
とぼとぼと歩く叶恵は明らかに歩く速度は落ちていた。
「おい遅いぞ」
「すいません。もっと早く歩きます」
申し訳なさそうに叶恵は眉をひそめた。ヒールの隙間の肌は擦り切れて血が滲んでいた。
『ストップ。人の反応がある。武装は大剣のみ』
「了解。人の気配だ」
「人の気配ということは集落ですか?なぜピエロは分かるんですか?」
「……さあな。怪盗の勘だ」
「もう少し真面目に……」
「服と靴と情報を調達する」
「……分かりました」
「何者だ止まれ」
村の入り口に立つ防人が喋ると冬馬とそれを聞いた八重は驚いた。
「ああ、すまない。盗賊に襲われてしまってな。少しの間匿ってもらいたい」
「盗賊……その割には見慣れない服装だな」
「仕事の合間に襲われたもんでな。これは仕事着だ」
「盗賊に襲われたのは近くか?」
「いやそこまで近くはない。彼女の足もこんなになってしまってな……出来れば休ませたいんだ」
「うむ……長に確認を取ってくる。少しここで待っていろ」
「分かった」
淡々と嘘をつく冬馬に叶恵は呆れを通り越して感心していた。
「どうしてそこまで流れるように嘘がつけるんですか」
「嘘が悪だなんて誰が決めた。お前だって嘘くらいつくだろう、だからそんな目をするな」
「いえ別に責めているわけではないんですよ。ただ感心してるんです」
「だったらその目やめろ」
じとーっと無感情な目を向ける叶恵から視線を外した。
「旅の者、長がお呼びだ」