第27話 逃避行
「逃げると言ってもどうやって逃げるんですか?」
「バルの馬車を使う。アシュ、場所は分かるな」
「うん......」
「でもそれじゃバルさんが困るのでは?」
「お前、理解できないのか」
「え、ええ。なんでアシュちゃん泣いてるんですか?やっぱりピエロの駒になったことを後悔してるんですか?」
「はぁ......刑事ならこれくらいすぐに思いつけよ」
「え?え?え?」
魔族が弾圧されているこの街で処刑対象の魔族と一緒にいたらどうなるか。
「アシュと服を買いに行ったのはいつだ」
「えっと4日前ですよ」
「その時には既にバルは死んでいる」
「え......なんでそんなことが言えるんですか?」
「道化たちが最後にバルを見たのは宿泊してからだ。街中でアシュを見かけることはあってもバルの姿はなかった。単に外で待っているだけだとも思ったがアシュと出かけた日にバルが顔を出さないのはおかしいと思った。道化の駒になりたいって言ったのはバルが死んでいくところがなかったからだ」
「......バル......バル」
短い時間とは言え自分を守り食事と安全を提供していたバルとは少なからず思い出があるだろう。
アシュは今まで堪えていた涙腺を決壊させた。
「アシュ。今は泣いていい。だがすぐにひっこめろ。すぐに出発するからな」
「もう少し優しい言葉はかけられないんですか!」
「道化たちはお尋ね者だ。刑事が犯罪者になるとは傑作だ」
「笑ってないでアシュちゃんを慰めてください」
「バルの代わりにはならないが叶恵を母だと思って存分に甘えるがいい」
「良い事言ってやること全部私に押し付けましたね!」
叶恵の追求から逃げるかのように首をそっぽに向けた。
「ん」
「どうしたんですか?」
「追手と言ったとことか。逃げるぞアシュを抱えろ」
「はい。抱えました」
「動くな!お前たちは既に包囲......誰もいないぞ!」「外だ!各入り口を囲め!」
冬馬達が去ってから衛兵たちは大忙し。
それを嘲笑うかのように冬馬は逃走を続けていた。
「よし、このまま突っ切るぞ」
「ピエロ!門が閉まってますよ!」
「道化に入り口など必要ない」
なんのためのゲートだ。
冬馬は門にゲートを開くと馬車を走らせ王都から離れて行った。
「楽しい」
「あーあ。メアにお別れを言い損ねました」
「お前があそこでアシュを庇わなければお別れを言えたのにな」
「だってアシュちゃんが殺されちゃうかもしれないんですよ!」
「道化の能力でなんとでも出来た」
もし叶恵が行かなければアシュに振り下ろされる斧全てを振り下ろした衛兵に返すだけだ。
アシュは魔力封じの鎖をつけられているため魔法は使えない。そうなればタネも仕掛けもある怪奇現象。
オスカーの攻撃も返せば冬馬がわざわざ場に姿を現す必要はなかったのだ。
「メア......」
「呼んだかしら?」
「メア?......メア!どうしてここに!」
「ちょっとだけ旅に出ようかと思ってすぐに帰るけどね」
「ピエロ説明してください!」
嬉しさではしゃいだ叶恵がピエロまで迫った。
「アシュ。交代だ。この馬鹿を王都に戻す」
「その前に説明してください!なんでメアがここにいるんですか!」
「言っただろ、『王家の宝を盗む』って」
メアと息抜きをしたときにメイドが言っていたことを思い出した。
王家最大の宝は王冠でも指輪でもない。メア自身だと。
「やったー!メアと一緒です!嬉しいです!」
「そうか。ま、捕まらなければの話だがな」
「え?」
冬馬達の馬車の後ろからは砂煙を上げなにかが迫っていた。
「ピエロ!王家の宝ってメアのことだったのか!返せ!窃盗は死罪だぞ!」
「ハハハ!満身創痍でなにを言う!」
「早馬のこっちの方が優位だ。追いついて女王陛下をお助けするぞ!」
オスカー率いる騎士団が馬に跨り冬馬達に迫っていた。
だが現代の警察から余裕で逃げ続けた逃走のプロはなにもせずただ仁王立ちで腕組をするだけだった。
「ピエロ!すぐそばまで迫ってますよ!」
「安心しろ。道化を誰だと思っている。お前ら警察から逃げ続けた大怪盗ピエロだぞ。魔法があるとしても捕まるはずもない」
冬馬はゲートを出すと無作為に中の物を吐き出した。
岩、水、草、木、火、雷、斬撃、ナイフや剣までありとあらゆるものを地面に転がした。
「ピエロ!卑怯だぞ!戦え!」
「さっきから後ろから魔法撃ってくるくせによくもまあ、そんなことが言えたもんだな。これで最後だ」
冬馬の目の前には特大のゲートが現れ、中から滝の勢いで水が放出された。
冬馬が繋いだ先は最初の村に行く途中にあった滝。滝の水勢と水量に押されオスカー達は進行を止めざる負えなかった。
「あっちの方向は......水都、カリンだ!僕は一度戻ってからカリンに向かう。騎士団は上皇様に知らせてくれ!」
「はっ!分かりました!」
オスカーは既に見えなくなった冬馬達の後ろ姿を見て笑っていた。
オスカー・クラディウス。
超がつくほどの善人が喜ぶ人の邪魔をするわけがないのだ。