第127話 言ったはずだ。劣化版だと
「どうやって道化を殺す気だ。そんなものでは道化は死なんぞ」
「いくらでも再生するからですよね」
「その通り。我が主でなければ道化を殺すことなんて不可能だ」
「では神の魔力を超えます」
土塊に銃口を向け一歩も動かない叶恵に対し、土塊はフラフラと銃口を逸らすべく動いている。
「無駄じゃ。奴には結界魔法がある。例え神の魔力を込めて撃ったところで返されるのが精いっぱいじゃ」
「大丈夫なんですか」
「戦える程度にはの。神の娘、妾を援護せよ。それで土塊との決着とする」
「ですが結界魔法は」
「私がなんとかします。怪盗さんに連れ出されるときにエルフの魔法封じ内には開けていませんでしたから」
その証拠に土塊は自身の周りには展開するが魔法封じ内にはゲートを開いてこない。
完全戦闘態勢のエルフの前で魔法を使えるのはそれこそ神しかいない。魔族の王であるニュークですら自己強化が精一杯なのだから。
「怪盗ピエロ!今まで好き勝手に散々やってくれたの!まだ勝負は終わっておらんぞ!勝負に勝ってメアを貰うんじゃ!」
「諦めなさいよ」
「いやじゃ!」
「出来れば本物を逮捕したいところですがその練習台になってもらいます」
「女だからと甘く見てると死んじゃいますよ?」
「ははは。楽しみだ」
アシュの強化をメアの防御に回し、あとは叶恵の強化だけで賄うという効率を度外視した戦術。
本物の冬馬が見たら嫌そうな顔をするだろう。
「行くぞよ!土塊!」
ニュークが魔法封じの中から飛び出すと叶恵はすかさず強化をほどこした。
「はっはっは!妾の強化をあっさりと破りおったわ!」
「学習しない馬鹿どもだ」
「それはこちらの台詞です」
なぜ魔法が大得意なニュークが強化魔法のみを施して他の魔法を使わないのか。
理由は簡単。
使えないからである。
「怒りの鉄槌を食らうがよい!妾のメアを盗みおって!」
「無駄なこと......そういうことか」
ゲートが使えないと分かった土塊はその場から飛び退いた。
「逃げるな!戦え!そして負けてメアを妾によこすのじゃ!」
「意味の分からないことを」
「分からないならメアを差し出せ!」
「そんなゴミ要らんからやる」
「ゴミとはなんだ!」
会話を聞く限りは1人の女の子をどうにかするという楽し気なものだが動きが加わればまた印象は違ってくる。
ニュークの一撃は骨を簡単に砕き、土塊の回避は肉眼では捉えられないほどに速い。
「速いの......このままじゃ逃げられてしまうの」
ニュークは考えながら拳を振るう。
拳が地面に触れた瞬間に地面はひび割れ隆起した。
「逃がしません!」
隆起した地面を叶恵が操作することにより一応は閉じ込めることに成功した。
一応というのはルージュが広げる魔法封じのギリギリの瀬戸際。
魔法封じは離れれば離れるほど効果は薄れる。故に。
「観念したようじゃな!」
「......やっと開けた」
土塊はニヤリと笑うとゲートを広げた。
今、神の強化をされたニュークの拳は受ければ即死の文字通り必殺技。
もしニュークの拳が飲み込まれ顔など無防備な顔などに返された場合ニュークは間違いなく死ぬ。
攻撃しても死。例え逃げたとしても攻撃されて死という絶望的状況。
「そんな状況なら、攻撃するのが鬼神というものよ!」
ニュークは腕を目いっぱい引くと土塊の心臓目掛けて拳を放った。
土塊は逃げることなくゲートを広げ笑っていた。
「神の加護を受けた鬼神の一撃を食らうがよい!それが!メアを奪った怪盗への天罰じゃ!」
「来るがいい鬼神!その天罰。返してやろじゃないか」
「はぁああああ!」
ニュークの拳はゲートの飲み込まれた。
そして、土塊の心臓へと届いた。
「なぜ......だ」
「メアへの愛が足りぬ!メアを愛していれば妾はかなわなかったじゃろう」
「その程度では貫けないぞ。一体なぜ」
「神の遣いなら分かると思いましたが、結界魔法はたしかに古代の魔法で強力です。ですが私が記憶にある程度の歴史です。それを神代と呼ばれる私が生まれた時期の魔法が貫けないとお思いですか?」
宵闇も言っていた「神からすれば結界魔法も劣化版」という言葉。
ニュークが受けていたのは神による強化。
時空魔法であろうと簡単に貫通するのだ。
拳を受けた土塊ははじけ飛び、辺りに散らばった。
「妾の勝利じゃ!これでメアは妾のものじゃ!」
「ちょっと離れなさいよ!まだ大元が残ってるでしょ!」
「アレは放っておいても宵闇たちが落としてくれるじゃろう。ささ、妾達を労うのじゃ」
「ああ!もう!離れて!」
騒ぐ2人とは反対にルージュはピクリとも動かないサラの側に膝をついた。
「サラ......勇猛果敢なる騎士に安らかなる眠りを」
「アマイゼ。ルージュ」
砕け散った破片の手のひらから火の玉が放たれた。
ルージュは現在膝をついており服装は自身の魔力を高めるためにローブのような服装。
動きやすいとはいえず、運動をしないルージュである。火の玉が目の前まで迫っても動けなかった。
バァアン!という爆炎とともに鎧がルージュの前に立った。
「ルージュ!死にぞこないが!大人しく死んどれ!」
「サラ......なぜです。なぜそこまでして私を......」
「き、騎士として当然......のことをしたまで......です」
サラの下半身は完全に焦げ灰のようになっていた。
辛うじて重厚な鎧を着ていた上だけは残っていたが救命は不可能なほどにボロボロだった。
「姫様......涙をお止めください。姫様がご無事で嬉しゅうございます。姫様の騎士でありながらお側を離れることをお許しください。姫様の騎士として過ごした日々、楽しかったで......す」
「サラ、サラ!」
ピクリとも動かないサラを前に目から大粒の涙を流すルージュ。
人の目があることなど気にも留めずに涙を流し始めた。
その時だった、サラに水がかけられたのは。
するとどうだろう。ボロボロだったサラの体が一瞬のうちに元通りになった。
「姫様?」
「サラ!」
訳が分からないと困惑した目を見せるサラとは真逆でルージュは満面の笑みでサラに抱き着いた。
「姫様!汚いので!お離れください!」
「いいえ!放しません!もう絶対に離しません!」
「えっと......」
サラは近くに転がる杯を見た。
「エルフの秘薬......姫様お持ちになっていたのですか?」
「いいえ。空から降ってきました」
「空から?でございますか?」
サラが空を見渡してみてもエルフどころか鳥一匹たりとも見当たらない。
「それにこれ......」
「おー!無事だったか!」
「誰かしら死んでると思ったが全員生きててなにより」
「お前たち、ボロボロじゃな」
「ガハハハッ!少し興が乗ってしまってな!」
「どっちが先に退くかの勝負をしていたんだ」
「ルージュ。2人の治療を頼むのじゃ。従者も生き返ったことだし簡単であろう?」
「はい。任せてください」
一番大切な人が生き返り上機嫌なルージュに疑問符が浮かぶ宵闇とバルトラだが鎧がボロボロになったサラを見た途端に全てを察したのか大人しくルージュの治療を受けた。