第124話 怪盗の死を乗り越えて
冬馬の死はすぐには伝えられなかった。
兵士の士気を保つためでもあったが、なにより冬馬のパーティメンバーがまだ処理し切れていなかったのだ。
「ピエロがあんなにあっさり居なくなるとはね」
「流石の怪盗も神の呪いまでは想定していなかったのだろう」
「エルフの秘薬そのものか杯さえあれば泉を使って治せたんですけどね.....行方が分からない上に効果は薄いかと」
「申し訳ない。私が表に出なければホースを失わずに済んだのに.....」
ティアは目を伏せまともに頭をあげることはなかった。
ティアは奥歯を噛みしめ拳を強く握った。
「悔やんでいる時間があるなら次なる作戦を考えたらどうじゃ」
「そうだな。そうしよう」
そもそもこの作戦は冬馬のゲートあることが大前提であり、冬馬亡き今作戦が崩れかかっていた。
「宵闇の力で持ち上げるの可能か」
「ピエロから聞かされていたサイズじゃ無理だ。もう少し小さくなれば全員の魔力で浮かせられないこともないが」
「結界魔法が強すぎるんですよね。私たちの力では到底勝てる未来が見えません」
「最悪の場合、殺すことも考えなければいけないの」
「どうやって?」
「……さあ」
王達をはじめ全ての人間は冬馬から断片的な説明しか受けていないのだ。
どうやったら殺せるのか、どうやったら救えるのかも誰も分からない。
全ては冬馬の頭の中にあるのだから。
「変えられるもんもないしこのまま続行というのはどうだろうか」
「そうした方がいいだろうな。ピエロがなにをしたがっていたのかは分からないが」
「本人がいない今、仕方なかろう。それに、メア達も少し休息が必要じゃろうしの」
王達は冬馬の死を然程悲観的には捉えていなかった。
神との戦いにおいて死は必然であり、種族の頂点に立つ王も自身の死を覚悟していたほど。
死が珍しくない世界で仲間が死んだからと言って悲観的になっている暇などないのだ。
が、それはあくまで表向きの考え方であり個人のそれとはまた違ってくる
アシュは未だに放心状態。
叶恵とメアは一言も発さずに下を向くのみ。
唯一パルだけが冬馬に頼まれた弾丸の製作に没頭していた。
「なにしてるんだ?」
弾丸に魔法を付与するパルに宵闇が話しかけた。
「ご主人にこれ作れって言われたから作ってるっすよ」
「ピエロは死んだのにか」
「何て言うんすかね……生きてる気がするんすよ。今はぴくりとも動かないっすけど」
「ほう。なぜそう思う」
「いや、ご主人ってなんか読めないところがあるんすよね。だからってわけじゃないっすけど、生きてる気がして」
パルの言葉に対して宵闇は仮面の中で笑った。
「そうかそうか。なら生きているんだろうよ」
「あんな態度と成りでよくもまあ勝ち取れたものよ」
「我々が知らない魅力があるのかもしれんな」
「いいですね。仲間というのは」
かつての仲間だった王達は懐かしさを感じてか深く頷いた。
「なにが勝ち取れたって言うのよ」
「信頼だ。お前達は少なからずあのピエロを信頼している。性別不明、正体不明、能力スキルも不明。そんなんで普通は信頼を勝ち取れない」
「バカね。そんな正体不明の冒険者なんて王国に限らず獣国にも法国にもいるでしょ?信頼しない理由にはならないわ」
「ご主人は女性っすよ?お風呂も一緒に入ったことありますし」
「そうだったか。怪盗が女性ね.....」
宵闇からしたらさぞ面白い情報だろう。
異世界に渡ってきた息子が娘として活動しているのだから。
「メア達はどうするのじゃ。怪盗が死んだ今、出来ることはあるのかや?」
「ありはするでしょうけど.....アシュを1人には出来ないわ」
「ピエロ.....なんで……」
アシュは冬馬の側でシーツに染みを作っていた。
既に涙は枯れ目蓋は真っ赤に腫れていた。
「今はゆっくりしておくといい。眷属達は兵士に任せてるし神に狙われるわけにはいかないから」
「念のため妾が護衛に着くぞよ」
「特にエイミは気を付けてください。自身の力をまだ理解できていない箇所があるので神に狙われると大変ですよ」
「その辺のことはピエロは全く教えてくれませんでした......」
「強大故の判断だろう。お前さんの力は国一つをいとも簡単に滅ぼす力だからな。怪盗もその辺のことを考えたのだろう」
「あとは俺達が引き継ぐ、しばらくは怪盗の側にいてやれ」
「いや戦う」
全員が声のした方を向いた。
目元を拭い鼻をすする幼顔。その目からは闘志が見て取れた。
「いいのか。側にいなくて」
「うん。ピエロなら誰が死んでも構わずに戦いに行くと思うから」
「非情な怪盗だな」
「それが怪盗ピエロ。大丈夫。もうたくさん泣いたから」
「もし邪魔だと感じたら容赦なくこの家に飛ばすからな。結界魔法なんていう便利なものではないが、時空魔法の使い手ではあるんでな」
「それがよかろう。出来れば誰も失いたくないものじゃ」
危険になったら家に飛ばすという約束をしてアシュ達は最前線へと戻った。
寝たままの冬馬を置いて。




