第119話 白い世界で砂山を作る子供
次に冬馬が目を覚ましたのは白い世界だった。
「ここは......どこだ」
『お兄ちゃん。起きてる?』
「ああ、起きてる」
『お兄ちゃんの体は寝てるよ』
「どういうことだ。起きてるぞ」
『脳波は寝てる波形を描いてるよ。一回脳波が揺れたから声かけてみたけど声は聞こえるけどお兄ちゃんの体は動いてないよ』
冬馬がいる白い世界はなにもない世界。
あたり一面白い世界。境界も影すらない世界。
「空間成分は」
『部屋の空気と同じ』
「空間把握は出来るか」
『無理ぽい。お兄ちゃんの体は部屋にあるからデータとしては部屋のデータしか来ない』
「そうか。なら、移動する。異変があったら相談するさ」
冬馬は未知の白い世界を歩き出した。
足元には細かい砂のようなものが広がっているが足跡をつくことはなく、触れることも出来ない。
「なんでこんな場所に連れてこられた。しかも寝てる途中に」
『魔法がある世界だからあってもおかしくないよ。現実世界でも寝てる人に電極つけて寝かせたまま会話するってことも可能になってるから』
「誰がこんなことを......」
『可能性で言えば沢山いる。今まで横暴に動いてきただけにね』
「横暴な王の最後はだいたい暗殺で終わるが、怪盗が暗殺される世界なんてあるのかね」
『あるかもね』
兄妹仲良く会話していると冬馬の視界に影が映った。
「誰かいる」
『誰?こっちからなにも見えてないから分かんないよ』
「子供?ぽく見える。近づかないと詳しいことは分からない」
冬馬がゆっくりと近づくと綺麗な金髪を揺らし子供がせっせと白い砂で山を作っていた。
「お前は誰だ」
冬馬の声が聞こえているのか子供は一度冬馬の方を見る。
青い目が冬馬を捉えるが何事もなかったかのように山創りに戻ってしまった。
顔からは感情が見えず声すら発しない。
『コンタクトはとれた?』
「いや、無視された」
『見た目は?男?女?』
「見た目は金髪に青目。性別は不明」
冬馬は反対側から声をかけてみた。
「もう一度聞く。お前は誰だ」
冬馬が座り込み、目を見て言うと子供は声も出さずに涙を流し始めた。
「え、ええ......」
流石の冬馬もいきなり泣かれるとは思わずたじろいでしまった。
口を開け声を発しているようにも見えるが冬馬にはなにも聞こえない。
『テキストファイルが送られて来た』
「送り主は」
『NO NAME......差出人は不明。件名もない』
「ウイルスだった場合、対処は出来るか」
『今あるウイルスだったらね、新種だったら分からない』
「開けるかは任せる。捕まる心配があるとすれば八重の方だ」
冬馬と八重が悩んでいる間にもテキストファイルの容量は増えていった。
『このままゴミ箱にぶち込んでも中で膨れてHDDを圧迫するだけだから開いてみるよ。八重が捕まったら盗みに気てね』
「当たり前だ」
冬馬の即決を確認すると八重はテキストファイルを開いた。
『手紙?いや、現在進行形で更新されてる』
「送ったテキストを現在進行で更新で不可能だろ。ハッカーの仕業か?」
『取り敢えず読むよ』
[ありがとう。見つけてくれて。寂しかった。もう二度と見つけられないと思った。死んだと思った。死にたくない。また一緒に過ごしたい。もう離れたくない。嫌だ。死ぬのは嫌だ。消えるのは嫌だ。殺さないで。たすけて]
テキストファイルの更新は止まり最終的には誰かの感情の塊のような文面になった。
「意味が分からん。遊んでるのか?」
『ねえ、これ子供の駄々みたいじゃない?少し内容は物騒だけど』
「たしかに聞こえなくもないが......だとしたら、こいつのか」
冬馬は目の前で未だに涙をボロボロと零す子供を見た。
白い砂地に涙の跡が残り、泣きすぎで鼻頭が赤くなっている。
「泣くな。俺はお前を見えている。声は残念ながら聞こえないがしっかり見えている。聞かせてくれ、お前が誰なのか」
『またテキストファイル』
[名前は知らない。覚えてない。けどこれは覚えてる。独りだった。ずっとここで。話しがしたかった。誰かと。誰でもいいから話しがしたかった]
「なぜ俺をここに呼んだ。正直言って俺は子供の話し相手にはもっとも不向きな人間だぞ」
[誰でもよかった。皆呼んだ。けど誰も話し相手にはなってくれなかった]
「内容が読めないな。まず誰かも分からないし行為の理由も分からない。対話のしようがないな」
『でも助けてって言ってるよ。しかも一度死にそうになってるし』
「......おい。お前は今はどんな状況だ。死にそうか」
[今は平気。でもすぐに消える。だから食べる]
冬馬は1つの仮定を出した。
一度は窮地に陥り、ずっと独りですぐにでも消えそうな子供。
そして消えないために食べる。
『なにか分かった?』
「ああ、似たような奴がエルフの姫様やってるだろ」
『神霊ってこと?』
「いや、神の幼体って言ったところか。這い出て来ようとしている奴がこの子供なんだよ」
『見えているのが姿だけっていうのは?』
「ポセイドンを食らった結果、少し成長しはしたがポセイドン一体じゃ不十分だった。もしルージュや叶恵を食らっていれば声もしっかり出てもう少し成長していただろうよ」
その成長する養分を冬馬が隠してしまったから不十分なままこのなにもない白い世界に取り残された。
『死んだと思ったっていうのは』
「大昔になにかあったか。それとも誰も答えないから死んだと思ったのか。それは本人に聞かないと分からないな」
『文献には載らないほど弱小の神ってこと?』
「それか抹消されたか。少なくとも王国の書庫には情報ない」
そもそも神代のことを書いた文献はほとんど残されていない。
ルージュやレイアのことは書いてあってもエイミのことは書かれていなかった。
『子供はどうするの?この場で殺すのが早くない?』
「そうだな......神に問う。お前を助けた先になにがある。世界の平和とかいう間に合っているものは要らん。勿論、最強になれるスキルや能力もだ」
[世界]
「管理しきれないから要らん」
[加護]
「それも要らん。信用ならないからな」
[神器]
神から出された提案に冬馬は口角をあげた。
「どんな神器だ」
[色んなものある]
「気配遮断や魔力遮断。魔力増強などは」
[それくらいだったらいくらでも]
冬馬は再び口角あげ八重歯が見えるほど笑っていた。
「よかろう。神、お前を助ける」
[でも痛いのは嫌だ]
「それくらい我慢しろ。助けるにはどうすればいい」
[胸の宝石を砕いて]
「因みに大きさは?」
神は拳を突き出した。
子供の手という可愛らしいサイズ。
「それは原寸大か?」
[同じサイズ]
『無理ゲーじゃん。あの巨体にそんな小さな宝石とか肉眼じゃまず見えないし仮面のズーム機能を使ったとしても見えない。近づけば触手の餌食、遠距離ではまず狙える大きさではない。現実的じゃない』
「だが神器のためならやるとも。策がないわけではない」
冬馬は再び歯を見せて笑った。