第11話 王都観光
朝、冬馬は体の重さで目が覚めた。
「働きすぎか……?体が重……おい」
「んふふ……」
「こいつ……」
重さの正体は疲れではなく叶恵がシープを抱きしめ気持ちよさそうに添い寝していた。
叶恵はシープ諸共冬馬を抱きしめ完全にホールドしていた。
『おはようピエロ。死にたい?』
「落ち着けジョーカー。道化のベットはここだ。動いてきたのはコイツの方だ」
『なんで引き剝がさないの?』
「力が強くて離れないんだ……」
『手錠はすぐに外すくせに』
「服を掴まれたらすり抜け術も使えないだろうが」
起きた八重の相手をしながら寝ている叶恵を引き剥がすというハードワーク。
「おい。人のベットに潜り込むとはいい度胸だ」
「んん……もう少しだけ……」
「……」
冬馬は叶恵の上にゲートを出すと水を叶恵に浴びせた。
「冷たい!なんですか!」
「起きたか寝坊助」
叶恵の寝ぼけた頭は徐々に覚醒していく。
「ピエロ!なんで私のベットに!」
『やっぱりお兄ちゃん!』
「貴様……場所をよく見ろ」
「えっと……」
叶恵は冬馬に跨りながら周りを見渡し隣にある空のベットを見つめた。
「ごめんなさい……」
「兎に角降りろ、重い」
「重いって言いましたね!私は体には気をつけてますし!体重だってそこまでないです!」
「身長154センチ、体重4……」
「わー!言わないでください!」
「これはあの森で見た数値だ。昨日1日食べ歩きをしてそのまま宿屋で寝たお前の体重はもっと増えている」
「そうやって!現実を突きつけて楽しいですか!」
「現実とは向き合わなければ改善されないぞ」
「泥棒が正論言わないでください!」
怪盗が正論を言ってはいけないなんてビックリだ。
だが3キロも太るかね。
冬馬の腹に跨りシープを抱きしめ抗議する叶恵は見ていて飽きないが朝からキンキン声で叫ばれれば苛立ちもしてくる。総評、降りろ。
「降りろ」
「はいはい。デリカシーがない泥棒の上なんてこっちから願い下げです」
ぷいっとそっぽを向き叶恵はベットから降りた。
「全く……少しは運動して痩せろ」
「私だって太りたくて太ってるわけじゃないんです」
「運動しなければ痩せない。道化は出掛ける。問題は起こすなよ」
「問題を起こすのはピエロの方でしょう?私は問題なんて起こしませんから」
「そうかい」
冬馬は素っ気なく答えると窓から出ていった。
冬馬が出て行き静かになった部屋で叶恵はシープを地面に下ろした。
「朝ごはんにしましょうか」
「くるる」
シープは叶恵の足に頬ズリをするととことこと歩き出した。
「あ、おはようです」
叶恵が食堂に行くと可愛らしい声をかけられた。
緑の服に作業着であるエプロンをかけた宿屋の看板娘チェリが木のお盆を抱えながら配膳をしていた。
「おはようございます」
「ぴえろさんは今日もお出掛けですか?」
「そうですね。ここ最近はずっとどこかに出掛けてしまいます。昨日と同じ朝食をお願いします」
「了解ですー。ぴえろさんは朝ごはんはしっかり食べてるのでしょうか」
「分かりません。ピエロがどこでなにをしているのか教えてくれないんです」
「叶恵さんとぴえろさんはどういった関係なんですか?」
チェリは木のお盆を抱えたまま首を傾げた。
「あ、ごめんなさい。お客さんの私情を聞くのはよくないですよね」
「別にいいですよ。私とピエロは昔からの敵というかあまりいい仲ではないですね」
「そうなんですか?」
「ピエロ曰く、私は駒のようであまり大事にされてはいません」
叶恵がサラダを口に含みながらぼやいた。
「そんなことないと思いますよ?」
「そんなことありますって。その証拠に、こうして置いてけぼりにされてるんですから」
「もし大事じゃないなら常に一緒に連れて行って危なくなったら囮として使うと思いますよ?少なくとも冒険など危ない場所に行くならの話ですが」
「たしかに囮にはなると思いますが、ピエロはただ足手まといがうざったいだけだと思いますよ」
だが染み付いた叶恵の考えはそう簡単には変わらなかった。
「私は私で王都を観光しますのでいいですけど」
叶恵はトーストに乗った卵にかぶりついた。
「そのお金はどうしたんですか?」
「ピエロが置いていきました。必要ないからって」
「ちゃんと大事にされてるじゃないですか」
チェリのボソッと呟いた声は食べることに夢中な叶恵は気がついていなかった。
「それでは行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
叶恵が宿屋を出発するとチェリは笑顔で見送った。
「王都観光は昨日もしましたが相変わらずすごい賑わいですね」
「くるる♪」
叶恵が宿泊する宿から大通りまでは目と鼻の先。
宿屋からでも感じる人の声、気配。
大通りにいれば変な犯罪に巻き込まれる心配もない。
「平和ですねー」
「くるる」
「昨日はお肉を食べたので今日は控えめに果物にしておきましょうか、シープはなにが食べたいですか?」
「くるる」
「お肉ですか?では夜に食べましょう」
「くるる」
叶恵が大通りを進むと果物屋が目に入った。
「いらっしゃい!新鮮なのが揃ってるよ!」
白いタンクトップにハチマキ姿の暑苦しいオヤジが声を張り上げた。
「うわー!いろんな果物がありますね!」
「お嬢ちゃん。王都は初めてかい」
「そんな……お嬢ちゃんなんて……そうですね。初めてです」
「王都は国の心臓部。なんでも揃うよ!」
「甘い果物はありますか?」
「甘いってと……桃とか林檎なんてどうだい」
「名前はそのままですね。でも値段がほぼ一緒に見えるのは気のせいですか?」
「果物の値段はいつでも一緒さ」
「でも寒かったり暑かったりしますよね?」
日本には四季というものがあり北海道から沖縄まで暑くなったり寒くなったりするものだ。
「たしかに地域によってはそうだが一つの地域の気温が変わるなんてことないぞ?暑い所は年中暑いし寒い所は毎日寒い。だから育つ物が決まってるのさ」
この世界では地域によって気温が変わる。雪が降っていれば毎日降っているし夜であれば毎日夜なのだ。
「そうなんですね……では林檎とレモンを下さい」
「毎度!羊用に一つサービスだ」
「ありがとうございます!」
叶恵は果物屋から紙袋を受け取ると王都の人混みへと消えていった。