第101話 世界が違っても社会の闇は変わらない
「話とはなんですか?」
ゲートで空中に浮いた冬馬はレイアの目の前まで来た。
「海獣。ポセイドンとはどういった契約をしている」
「えっと......それは......」
素直にないと言えばいいものをレイアは手本のように顔を逸らし目を伏せた。
「お前!レイア様の御前だぞ!調子に乗るな!」
「まさかなにもないとか言わないよな?海獣がなぜ水種族だけ襲わないのか。そもそもなぜ人魚の姫はいて水蛇族の王がいないのか。その辺を聞きに来た。安心してほしいのは、いかなる理由だろうと道化は怒りはしないし攻撃はしないことを約束しよう」
冬馬の目的は情報収集であり復讐することではない。
むしろ、マイナスな情報の方がありがたかったりする。
「ポセイドンとは、不可侵の約束をしました」
「レイア様!」
「それはどちらから持ち掛けた」
「私からです。私達水種族だけは襲わないで欲しいと」
「それはポセイドンの力が強大でレイアでは対抗できないからだな」
「はい......」
ギリシャ神話上ではレイアはゼウスの母。ひいてはオリュンポスの神々の母親的存在でありまたその力も強大なはずなのだ。
だがこの世界のレイアは長寿であることと巨体であること以外は普通の人魚のようだ。
レイアが非力な変わりにポセイドンが強大な力を持っているという結果となった。
弱き者が強き者に従うのは当然の理であり、それは世界が違っても例外ではない。
「失敗したなレイア」
「なにを言う!レイア様のおかげで我々水種族は安全に暮らしていけるのだ!」
「レイアが非力ならば、全勢力をあげてポセイドンを殺すべきだった。例えどれだけ死亡者が出ようとな」
「そ、そんなこと......」
「出来ない。だから都市だけはと言って遠ざけた。賢い選択だ。その場凌ぎならな」
レイアの顔がドンドン曇っていく。
それと同時に冬馬は自分が立てた仮説が当たっていると確信していた。
「その場凌ぎで遠ざけるなら十分だが、長期的な目で考えるとただの時間稼ぎにしかならない」
「ポセイドン様は今の一度も水中都市を攻撃したことなどない!適当なことを言うな!」
「もし攻撃されたらどうする」
「それは警戒して......」
「そこだ」
一度ちょっかいを出し警戒されるより、大丈夫と安心しきっている時に襲撃した方が楽なのは誰が考えても分かること。
「これは仮説に過ぎないが、ポセイドンはこの都市を襲う気だぞ」
「なぜそんなことが言える」
「海獣の多さだ。ここに来る途中にイカのようなタコのような海獣に襲われた。そして、そのイカの通り道には海獣の食べかすがあった。最初は都市を守るために巡回しているのだと思ったがそれにしては数が多すぎる。海獣ほどのサイズなら3匹もいれば十分すぎるほどだというのに」
「海獣さん達が集まってきてる?」
レイアのほどの体躯なら海獣に丸のみされるということはないが、見たところ戦闘経験はゼロに等しい。
横腹に噛みつかれたらレイアとて無事では済まないだろう。
「そんなのお前の仮説に過ぎない。それに、この辺は水種族以外の冒険者も多い。それを狙ってきているに過ぎない」
「ポセイドンの見た目はどんなのだ」
「青い獅子のような顔に馬の胴体を持つ怪物です」
「到底海で過ごす身体ではないがな。なぜ水の生物にならなかったのか」
『たしかに名前だけ聞けば陸の生物だけど実力は本物。獅子の顔から出される噛みつきはそのデカ女でも食いちぎられるレベル。下半身が馬ってことは走る速度も逃げ切れる速度じゃない。水種族でも逃げ切れないんだもん。水蛇族の起源も元々は海獣だったって話。だけど契約の際にポセイドンが要らない子供も達を水蛇に変えたって言い伝えがある』
「育児放棄とは。社会の闇は異世界でも点在なのか」
『あの偽物ロリが既に育児放棄の産物でしょ』
いや、アシュはああ見えて60過ぎのおばあちゃんだから。
冬馬の祖母と言っても通る年齢。
「アシュの悪口はそこまでだ。アシュはよくやってくれてる。ポセイドンの情報をくれ」
『ポセイドンは形状はさっき言った通りだけど、大きさはデカ女よりすこし小さいくらい。破壊力はまんまだけど』
攻撃力も耐久も速度も桁違いのまさしく化物。
だがレイアと契約したということは意思疎通は可能ということだ。
場合によっては和解も可能か。
「ま、どう考えるかは好きにしろ。だが、楽観視してる奴らの味方をするほどお気楽な頭は持ち合わせていない。レイア。女王というなら自分で決めろ」
過去、独裁という形で政治をして者にはある程度決まった結末がある。
今まで散々搾り取って来た民、下級兵士からの暗殺。
国を維持するなら独裁はおススメしない。だが部下の意見を聞くのもいいが、それによって自身の意見を左右されるようではダメだ。
メアのような我がままさをレイアは身に着けた方がいい。
血縁が自分の身分に直結するこの世界で女王というのは絶対的存在。
そんな絶対的存在に逆らう馬鹿はいない。それはレイアだけじゃなく各国の王族、各都市の領主にも言えること。
逆らう者がいないからこそ自分で決める必要があるのだ。ライバルと言える存在がいないから。