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6.いつかの懐かしい賭け






「大丈夫ですの!? アレン!」

「あぁ、大丈夫だ。最悪、左肩が動かなくなる程度だろう」

「それは大丈夫とは――いいえ。それよりも、いまはミコトたちですわ!」


 管制室を出たアカネとアレンは、地下室を目指していた。

 互いに傷は負っているが、命にかかわるものではない。アカネに至っては、ほぼ無傷だと言ってもよかった。あの時の銃声は彼女の身動きを封じるためのもの。

 その後に打撃によって意識を失った少女は、管制室に横たえられていた。

 アレンがやってくるまで、アカネはただ眠っていたのである。


「それにしても、ダースはどういうつもりですの……?」

「分からない。ただ――」


 肩を押さえつつ走りながら、アレンはそこまで口にして、しかし言葉を呑み込んだ。そして、あることを思い出す。それは、取り留めもないダースとの会話だ。

 数年前にアレンとダースは、まだ幼いミレイの寝顔を見ながら語り合った。

 短い、本当に何気ないやり取り。

 それでも――。





『私が退場した時、ミレイお嬢様のことは――アレンに任せるわ』





 なにかが、引っ掛かった。

 彼は『死』という言葉を用いなかった。

 それはまるで、舞台から降りることを表現するような……。


「ダース。お前は、もしかして……」


 ――いずれこうなることを理解していたのか、と。

 そんな考えが、アレンの脳裏をよぎっていった。だが、それを彼はぐっと飲み込んで駆ける。答えは考えても出ないだろう。

 おそらくは、それを知っているのはダース、ただ一人。


「くそっ――どうして、一人で抱え込むんだ!」


 アレンは吐き出すように言った。



「オレたちは、ファミリーだろう!?」――と。



 そして、間もなく地下へと続く階段というところで。


「アレン、今の……!」

「あぁ、急ぐぞ!!」



 一発の銃声。

 静寂の中に広がったそれは、次第に溶けていった。



◆◇◆



『お嬢様は、将来どんな女性になりたいですか?』


 年端もいかない少女に、ダースは問いかけた。

 自分はこの少女にとっての母親代わり。されども、憎き相手の娘。倫理の天秤にかけて、日々苦悶するのもまた己の罪なのだと、彼は考えていた。

 そんな中で生まれたちょっとした余暇に、ダースはミレイに訊ねたのだ。



 ――貴女の将来の夢はなんですか、と。



 この子に将来なんてない。

 明るい未来など約束されずに、闇社会を生きることになる。

 そんな当たり前を思いながらもダースは、幼いミレイにそう問いかけた。


『んー……』


 玩具で遊びながら、おもむろにミレイは首を傾げる。

 そして、しばし考えた後に言うのだった。



『ダースみたいな、やさしいお母さんになりたい!』――と。



 それは、夢のような返答。

 望んでも手に入れられなかった、そんな未来への可能性。

 ダースは息を呑んで、そして小さく微笑む。叶わないと思っていても、この子のことが憎くても、それでもきっと、この純心に逆らうことは出来ない。

 彼はそんな確信を持った。

 その上で、自分の取るべき行動はなんなのか。


『それじゃ、一つ賭けをしましょう?』

『…………?』


 そう考えて、ダースはほとんど考えなしにミレイに提案していた。

 しかしそれは、決して彼女に対してではなく――。



『お嬢様を守る、素敵な王子様が現れるかどうか、ですよ』



 きっと、自分に与えた一つの可能性だった。





「あぁ、懐かしいわね……」


 ダースは、懐かしい夢を見たようにそう呟いた。

 それでも俺は、そんな彼に何も言葉を返すことが出来ない。

 どうしてだろうか。涙があふれ出して、止めることが出来なかった。


「どう、して……!」


 それでも、どうにか絞り出す。

 彼への問いかけを。



「どうして、撃たなかったんだ――ダースッ!!」



 震える手から、ただの鉄の塊となったものがこぼれ落ちた。

 それでも放たれた弾丸は間違いなく、ダースの心臓を打ち抜いているだろう。止めどなく溢れ出す血が、それを物語っているようだった。

 涙に濡れるそんな俺を、そっと抱きしめる彼。

 その温もりはいつ、なくなってしまうのだろうか。


「ねぇ、ミコトちゃん。私には――あと、どれくらい時間があるの?」


 優しく、いつもと変わらない声色で。

 ダースは俺にそう問いかけた。


「――5分、だ」

「そう。ありがとう、ね」


 膝をついて、彼はそう礼を口にする。



「それだけあれば、少しはお話もできるわね」



 そして、視線をミレイの方へと向けてこう言うのだった。






「賭けは、貴女の勝ちですよ。――ミレイお嬢様?」




 


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