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4.残り10分






『はぁい、ミコトちゃん? 聞こえているかしら』

「あぁ、良く聞こえてるぜ」


 スマホ越しに聞こえてきたダースの声に、俺は小さく苦笑しつつ答えた。

 アカネの悲鳴には思わず立ち止まってしまったが、すぐに気持ちを切り替えて駆け出す。二人がやられたのなら、尚のこと急がなければならなかった。

 現状でミレイを守れるのは俺しかいないのだから。


『さて、少しばかり昔話でもしましょうか』


 スピーカー設定にしてあるそこから、ダースのそんな声が聞こえた。

 耳を傾けつつも、俺は先を急ぐ。


『昨日、話したわよね? ――私とボス、そしてあの女の関係を』


 答えないでいると、彼は淡々とそう語り始めた。


『私は憎かったの。私からあの方を奪った、あの女がね? 誰よりもボスのことを知っているのは、ずっと一緒にいた私だったのに! あの女はポッと出のくせに、私から大切な人を奪い取った!!』


 そして、それは次第に狂気を持っていく。

 地獄の釜のような熱量がこもった声色には、恐怖すら抱いた。彼の怒りは見当違いの方向へと向かっている。しかし、怒りというのはそういうものだろう。

 制御不可のそれは我を見失わせて、判断力を鈍らせる。


 怒りは狂気へ。

 そして、その狂気は殺意へと移り変わるのだ。


『だから、私は殺したの――どさくさに紛れてだけど、私があの女を殺した』


 でも、間違った感情の発露は精神を蝕む。

 崩壊へと至らせる。


『でも、まだ憎くて、苦しくて仕方ないの! だから、今度は――』


 その結果が、このダースという男なのかもしれない。



『ミレイを殺す。――この手で、ね』



◆◇◆



「ミレイ、大丈夫か!!」

「ミコトくん、無事だったのですね!?」


 地下室――金庫の中に辿り着くと、そこには寝間着姿のミレイがいた。

 俺が声をかけると彼女は涙目で、そう叫ぶ。俺の胸に飛び込んできて、大粒の涙を流すのだ。その背中を撫でて、落ち着くようにそっと抱きしめる。

 きっとミレイも、今の状況を薄々に感じているのだろう。

 だから、心優しい彼女は涙していた。


「早く、早くアレンと御堂さんを助けに行かないと……!」

「大丈夫だよ、ミレイ。落ち着いて」

「でも、ミコトくん!」


 混乱しているのだろう。

 ミレイが悲鳴に近い声でそう言うのを、俺は静かになだめ続けた。

 そして、そうしているうちにタイムアップ。だけれども、こうなるのは分かっていた。だから俺は地下室に現われた気配に向かって、こう声をかけるのだ。


「よう、ダース。覚悟は出来てるか?」――と。


 すると、その気配はピタリと足を止めた。

 くすりと笑ってから、彼――ダースはこう答える。


「あら、それはこっちの台詞じゃない? ――ミコトちゃん」

「そうでもないだろ。もしかしたら、俺がお前を殺すかもしれない」

「うふふ、残念ね。あり得ないわよ、だってミコトちゃんはここで死ぬもの」


 振り返り彼を見ると、そのタイミングで足元に鏡が転がってきた。

 拾い上げるとそこに映っていたのは――。



「……………………」



 俺の寿命だ。

 示しているのは、1週間後ではない。


「どうかしら、ミコトちゃん。それを見ても平静を保てるかしら?」





 ――残り10分程度。

 それが、俺に残されたミレイを守れる時間だった。



 


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