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アングレカムの花言葉  作者: 豆大福
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ツルニチニチソウⅠ - side アン -

※アン視点

※「アガパンサス」から「ゼラニウム(ピンク)」までをアン視点で描いています。

※サブタイトルを修正しました。

 迎えの馬車が来たので、私はお世話になった花屋のエルベルトさんと縁さんにしばしの別れを伝え、馬車の中へと乗り込んだ。

 けれども、なんだか名残惜しくて馬車の窓から自然と彼らの姿を探してしまう。

 今まで何度も町に来る機会はあったけれども、こんなことは生まれて初めてだった。


 そもそも体調が悪い日は部屋から出ることが出来ないため、宮殿を抜け出すこと自体が私にとっては初めての経験と言える。

 抜け出したことがバレて衛兵に追いかけられるのも、町の中を走り回るのも初めてのことばかりだ。

 これまで馬車の中や自分の足でゆっくりと見て回ってきた景色が楽しむ暇もなく視界の外へと流れていくのがなんだか新鮮で、走っている間は苦しかったけれどもまるで見え方の異なる町の姿に心が躍るのを感じた。


 それもつい昨日の出来事だ。



 *



 初めて通る日の光が差し込まない町の裏側の細く長い道のりをひたすら走った先で私は彼に出会ったのだ。


 彼、木村縁と名乗る私より少し年上の男性は見慣れないジャケットとズボン、タイを付けていてこの国の人間ではないことは一目瞭然だった。

 背は私よりも高いがそれほど高いというわけではなく、細身でスラリとしたシルエットが印象的だった。

 また、黒い髪と黒い瞳というのもこの国では珍しい。


 フードを深くかぶっていたので、おそらく縁さんには私の表情は読まれていないだろうが、彼にぶつかった瞬間は少しだけ怖かった。


 身近にはいない珍しい容姿は彼がどこから来たのか好奇心を擽られる半面、得体の知れない恐怖が体中を駆け巡り、ただただぶつかったことを謝るだけで精一杯なほどに私は内心焦っていたと思う。

 私の謝罪に対して彼が何と言ってくるのか。

 この平和な国で優しい人々との関わりがほとんどだった私には予想もできなかった。


 だが、彼は私が思っていたよりもずっと優しくて、衛兵に追われていた私を助けようと必死になってくれた。


 私はとんでもない誤解をしていたことを恥じた。

 彼に何と謝罪しようかと頭の中でたくさんの言葉を並べて。

 しかし、当の本人は私が図々しくもお願いした丘の上の花畑に連れて行ってくれようとしていて、私が謝るタイミングを探していることすらも気付いてはいない。


 目的を成し遂げようとする真っ直ぐ瞳がずっと前だけを向いていて、私を守ろうとしてくれる背中はとても大きく感じられる。

 繋いだ手は温かくて、まるで彼の優しさが手を通して伝わってくるようだった。


 私は彼の手をギュッと強く握り、彼は信じて大丈夫だと確信した。


 道中わかったことだが、彼は”ニホン”というここではない別の国から来た人間らしい。

 私は自分の知らない国の人間というだけで心が踊った。

 どうやってアリウム王国にやってきたのかすら覚えていない苦労人のようだが、縁さんは私の国にはないものをたくさん知っていて、彼の口から知らない単語が飛び出すたびにそれが何なのか知りたくて堪らなくなった。


 この人なら私が知りたい世界のことを色々教えてくれるかもしれない。

 外に出ることは叶わずとも、憧れの広い世界を見せてくれるような気がした。


 けれども、私は彼に本当に申し訳ないことをしてしまったと思う。

 体調が悪いことくらい自分でわかっていたのに私の我が侭に付き合わせたせいで彼に死の恐怖を植えつけてしまったのだから。


 ぼやけた視界の中でも私を探しに来たマリエッラが彼に剣を向けたのがわかった。


 彼女が私のために行動してくれていることは理解しているつもりだ。

 それでも、私を助けてくれようとした人間に手を出すことは許されるものではない。



(お願い・・・ほんの少しでいいから声よ出て・・・!)



「・・・お、やめ、なさい。マリエッラ・・・」



 絞り出した声が相手に届いたかどうかはマリエッラの反応を見ればすぐにわかる。

 彼女が駆け寄ってきた際に剣を手放したことで私は私を助けてくれた彼を守ることが出来たのだと安心した。


 そこから先は彼女とどんな話をしたのか、あまり覚えてはいない。

 ただ、目覚めたら私のよく知る真っ白で天井ではなく古びていて、辺り一帯も額縁に入れられた絵などは飾られておらず、ベッドもいつもより少し硬くて狭かったことは今でも鮮明に覚えている。



(嗚呼、私また倒れちゃったのね・・・)

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