ネモフィラⅡ
※主人公視点
※2018年9月7日一部修正しました。
※サブタイトルを修正しました。
アリウム王国で第二の人生を歩むことになってしまった僕は今現在、大きな試練に直面していた。
というのも、住む場所がないのだ。
どういうわけか見知らぬ国で死んだ当時の姿のまま転生してしまった僕には当然のことながら身寄りがいない。
加えてお金もないので宿を借りることもできず、僕は人生初となるホームレス生活を迫られている。
見知らぬ土地で果たしてなんとかなるものなのだろうか。
僕は無謀すぎる現状に諦めかけていた。
しかし…
「なら、ここに住めばいい。」
一度は神様の残酷さを恨んだりもしたが、そんな僕を拾ってくれる神様もまだいたようだ。
僕に救いの手を差し伸べてくれたのは僕たちが現在お邪魔している花屋の店主だった。
何故僕らが花屋にいるのかと言えば、事はアンが町に戻ってきた頃に遡る。
僕が馬に苦戦している頃、町の外れではちょうど昼間連れ去られたアンが戻ってきたという話題で持ち切りだったという。
しかし、衛兵によって町へと連れ戻されたアンは酷く青白い顔をしていて一刻を争うような状況だった。
衛兵はすぐにでも町の中心にある医者のもとへ向かおうとしたが、町外れから中心街まではそれなりに距離があり、時間もかかる。
いくら馬があるとはいえ、すでに体力の限界を迎えているアンをこれ以上連れ回すのは得策ではなかった。
困り果てた衛兵だったが、そんな時に手を貸してくれたのがこの花屋の店主である。
花屋の主人は逆に医者に来てもらおうと考え、真っ先に馬を走らせて連れて来てくれたのだという。
それだけではなく、すぐにでも横になった方がいいからと親切にも空き部屋を一つ貸し与えてくれたらしい。
店主の家族も協力して看病してくれたらしく、おかげで医者が着く頃にはアンの体力も少しばかり戻っていたとのこと。
今僕らがこうして彼女の笑顔を拝めているのは間違いなく、この花屋さんのおかげなのだ。
そして、この事態を招いてしまった僕にとっても感謝せざるを得ない存在であることは間違いないだろう。
間違いではないのだが、店主の先ほどの発言により僕にはそれ以上に感謝しなければならないことができそうだ。
この店主はどういうわけか僕に更なる恩を売ろうとしていた。
言い方が悪いのは百も承知。
だが、それも仕方があるまい。
僕にはどうして彼がそこまで親切にしてくれるのかイマイチよくわからないのだから。
誰もが僕の存在を怪しんで近づいては来ない中、それらを全く気にも留めず踏み込んでくる彼にここは迷わず感謝するべきなのだろうが、それがただの親切心だけなのかどうも引っかかってしまう。
本当に信用していいのかすら怪しい。
「で、でも本当にいいんでしょうか?
僕お金も何もないんですけど…」
「なら働け。”働かざるもの食うべからず”って言うだろ。
その代わり、寝るところと食べる物はこっちで用意してやる。
働いてくれた分少ないが給料も出そう。」
「!?見ず知らずの僕にそんな良い条件出してもらっていいんでしょうか!?
格好だって僕が言うのもアレだけどここじゃあ浮いてるし、僕のせいで姫様が酷い目にも遭いました。
困っているフリをしているだけで貴方方にも何するかわからないかもしれませんよ。」
「ごちゃごちゃうるせーな!!
お前は姫様を陥れるようなことをしたのか?そうじゃないんだろ?
姫様は嘘がつけない方だってことはこの国のみんなが知ってる。
お前が何かしたってんなら姫様はきっとそんな素直に笑わねーよ。
だから姫様がお前を庇うなら俺もお前に害がないことを信じるだけだ。
別にこっちはお前に信用されたいわけじゃねーしな。
俺が信用してるのはあくまでも姫様だっていうだけの話だ。
まだなんか文句あるか?」
「い、いえ疑ってすみませんでした…」
「はぁ~…それに”困っている時はお互い様”って言うだろ。
人の親切は素直に受け取っておくもんだぜ。」
「…ありがとうございます!!えーと…」
「エルベルトだ。下で花屋をやってる。
全然ガラじゃねーけどな。」
「ギャップがあって逆にいいと思いますよ?」
「なんで疑問系なんだよ!!」
僕はあれこれ考えすぎていたのだろうかと思わされるほどにエルベルトさんの力強い物言いに、この人なら信用してもいいかもしれないと思い始めた。
当然のことながら僕の方は信用されていないようだが、アンが僕を信用しているというだけで店主には手を差し伸べるに値するものがあったらしい。
なんとありがたいことだろうか。
僕はアンがどれだけ国民から信用されているか思い知った。
結局僕は花屋の店主、エルベルトさんのご厚意に甘えて今アンが使っている空き部屋をそのまま使わせてもらえることになった。
もちろんタダで住まわせてもらえるなんて都合がいい話ではなく、お店の手伝いをすることが条件なのだが、これでなんとか生き抜くことができそうで一安心。
今日何度目かわからないホッと胸を撫で下ろす感覚が全身を駆け巡った。
だが、ホッとしたのも束の間、僕は新たなる問題に直面することになる。
「あー、けど顔色がようやく戻ってきたばかりの姫様をそのまま宮殿に帰すわけにもいかねーし、今日はこのまま泊まっていった方がいいんじゃないですか?」
「えっ!?」
「確かにそうせざるを得ないですね。
本当であればすぐにでも宮殿にお戻りいただくべきなのですが、さすがにこの状態の姫様に無理させるわけにもいきませんから。」
「ええええええええええ!?」
ここに来てからというもの、落ち着く暇はなかなか与えてはもらえないようだ。
僕が住むことになった部屋にアンが一日滞在する。
とはいえ、決して悪いことばかりとも言えないであろう。
ここは今日から僕の部屋になるわけなので、その部屋にアンが滞在するとなれば一晩共に過ごすことになるのだ。
好きな人と一夜を共に…こんなラッキーがあっていいのだろうか。
生前、意中の相手がいた経験こそあれど、彼女なんて出来たこともない僕はこの状況だけで嬉しくて跳び上がりそうになる。
右手で顔に触れれば、ほんのりと温かく、顔に熱が集中しているのがわかる。
今の僕はきっと真っ赤な顔をしているに違いない。
アンに至っては僕から知らない世界の話が聞けると嬉しそうな表情を見せているではないか。
これは期待に応えるしかあるまい!!
さすがに病人なので今夜は寝かさないぜ!とまではいかないが。
神様が僕に与えているのは試練なのか、それともご褒美なのか。
いや、ある意味これは一つの試練とも言えるのかもしれないが期待に胸が膨らんだ。
「期待しているところ悪いが、お前にこの部屋を貸すのは明日からだぞ。」
「えっ…」
「当然だろう。どこの誰とも知れぬ輩と姫様を一晩同じ部屋に置いておけると思うか!?
そんなうらやま…んんっ!そんな破廉恥なことをこの私マリエッラが許すわけがなかろう。」
「いやいやどこの誰っていうのはおかしいですよ!!
今まで一緒にいたでしょー!!」
「とにかく小僧に部屋を貸すのは明日から。今日は隣の馬小屋ででも寝ててくれや。
あ、お付きの方は申し訳ないのですが、もう空き部屋がないので隣の子供部屋を使ってください。」
「ですが、それだとお子さんの寝る場所がなくなってしまわれませんか?」
「大丈夫です。
俺らがまとまって寝ればいいだけの話ですし、お客人に馬小屋を使わせるわけにはいきませんから。
むしろ何のおもてなしもできませんで申し訳ないくらいです。」
「いえ、お世話になっているのはこちらですから気にしないで下さい。
何から何まで本当にありがとうございます。」
「いえいえ。姫様もゆっくり体を休めてくださいね。」
あれよあれよという間に話は進み、体調のことも考えてアンとマリエッラはそのまま花屋で一晩過ごすことになった。
最終的に蚊帳の外だった僕は結局今日は馬小屋で寝ろということらしい。
初日が馬小屋なんて誰が想像すると思う。
まあ、エルベルトさんに拾ってもらえず路上で一晩過ごすよりかは数段マシではあるのだが。
せめて寝る間際までアンとたくさん話をしようと思い、ギリギリまで部屋には居させてもらえたのだが、まだまだ万全とは言いがたいアンを無理させるわけにもいかず、マリエッラの妨害もあって期待していたほど会話することは叶わなかった。
そのことでほんの少しだけ残念な気持ちになったが、不満気なアンの表情にあわあわしながらも心を鬼にして接するマリエッラの葛藤は見てて面白い。
二人の普段の関係性が見れただけでも僕にとっては大きな収穫と言えるだろう。
好きな人の新たな一面を拝むことができたわけなのだから。
それに少しだけマリエッラとも親しくなれたような気がして嬉しさを感じずにはいられなかった。
だが、今日が終われば僕らは目には見えない身分の差に阻まれることになるのだろう。
忘れていた現実が目の前に突きつけられようとしている。
手が届かなくなるほど遠くなってしまう前に僕は二人との出会いをもっと大事にできる方法がないものかと考えた。
*
「おじゃましまーす…」
そろそろ休もうと部屋を追い出された僕は二人とおやすみの挨拶を交わした後、一度外に出て隣にある小さな馬小屋の中へ足を踏み入れた。
僕だけが貧乏くじを引いたようで複雑な心境ではあるものの、こればかりは致し方ないのであろう。
さすがに女性を馬小屋で寝させるわけにもいかない。
今晩は大人しく馬の世話になろう。
家を出る前にエルベルトさんから渡された薄手の毛布を一枚を自身の体にかけ、敷き詰められた藁の上に身を預ける。
そこまで寒い季節というわけではないようだが、夜はやはり少しばかり冷え込む。
僅かに開いた隙間から吹き込む風に身震いして毛布をすっぽり覆うほどかぶった。
すると、よほど疲れていたのだろう。
急に瞼が重くなって、僕の意識は一瞬でシャットアウトした。
翌朝、小屋の隙間から僅かに差し込む日の光の眩しさに自然と目を覚ました僕は王宮から迎えが来たアンを見送ることになる。
恐れていた現実の訪れに僕はわかっていたはずなのに、いつの間にかアンをただの女の子という認識で接していたことに気付かされた。
本来であれば簡単には言葉を交わすことができない相手なのだ。
僕はせっかく出会えたのにともう話すらできないかもしれない現実に寂しさが体中を駆け巡るのを感じた。
そんな僕の気持ちを察してくれたのか、それとも彼女も同じ気持ちだったのか、アンは僕の前にズズっと近づいてきて言った。
「…私、まだまだお話し足りないです。
まだまだ私の知らない世界のことを教えてもらいたい。
だからまたきっと会いましょう!」
「そんなこと言われても、僕と君とでは身分が違いすぎて会うのは難しいと思うけど…」
「貴方が私に会いに来れないのなら、私が貴方に会いに行きます。」
「それでまた体調を崩したりしたらどうするの!?」
「そうならないように万全の状態の時に会いに行きますよ。
でも、そうなったらまた貴方が私を助けてくださるのでしょう?」
「何の根拠もないじゃないか!
それに今度も失敗しちゃうかもしれないだろ…」
「そんなことにはなりませんよ。
だって、今度はちゃんと助けてくれるって私は信じてますから。」
「姫様……」
「アンです。私のことは姫様ではなく、アンと呼んでください。
それではまた必ず会いましょうね、縁さん!」
「…うん!楽しみに待ってるよ。
そしていつか僕も必ず自分の力でアンに会いに行くよ!」
僕の言葉にアンは嬉しそうにふわりと笑顔を向けてくれた。
その何の疑いもない真っ直ぐな表情は今度こそ彼女を自分の力で守れるようになりたいと僕に思わせるには十分だった。
次にアンに会う時までにもっと頼られるような存在になりたい。
まだまだ話し足りないことは山ほどあったが、僕らはまた必ず会うことを約束して別れた。
「あっ、そういえば言い忘れてました。縁殿ちょっと…」
「なんでしょうか?」
アンが馬車へと乗り込んだのを確認し、馬に乗ろうと足を鐙に引っ掛ける寸前でマリエッラが僕の方へ振り向く。
声をかけられたのをきっかけに僕も彼女に何か伝えないといけないような気がして咄嗟に頭を働かせた。
思えばマリエッラにも色々と迷惑をかけてしまった。
前日の自分を思い出し、ここは感謝の言葉でも伝えるべきだろうかとまたも慣れないことをしようとタイミングを見計らう。
僕もマリエッラのようにアンに頼りにしてもらえる存在になりたいと内心思いながら。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずかマリエッラは僕に聞こえるくらいの小声で話しかけてきた。
「姫様の前でカッコイイ自分でいたいと言っていたのに、終始ナヨナヨしていましたね。
正直かっこ悪さしかありませんでしたよ。そんなんじゃ姫様を守ることなんて夢のまた夢です。
なので、今後も姫様がお忍びで参られる場合には私が同行しますので、どうぞよろしくお願いいたしますね。」
ビシっとまるで石に亀裂でも入るかのような音が頭に響く。
前言撤回。
マリエッラのようには絶対にならないぞ。
ネモフィラ ≪あなたを許す≫