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アングレカムの花言葉  作者: 豆大福
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バーベナ(紫)Ⅱ

※主人公視点

※2018年9月7日一部修正しました。

※サブタイトルを修正しました。

 あれからマリエッラと馬に乗り、程なくして町へと戻ってくることができた。

 遠回りしていたとはいえ、徒歩だとそれなりに時間がかかった距離も馬だとあっという間だ。


 とはいえ、周りの景色を茜色に照らしていた夕日はほとんど沈みかけていて僅かな光を放つも、空は紺色染まりつつあり、見事な紺色と茜色のグラデーションで染められている。

 このことから考えてもそれなりに時間は経っているのだろうが、おそらく徒歩のみなら町に戻る頃には真っ暗だったはずだ。

 

 馬って凄いなー…


 ただ一つ言いたいことがあるとすれば、それは僕が思っていた乗り方とは違かったということ。


 乗馬初心者の僕を後ろに座らせるわけにはいかないと、マリエッラが僕を支えるように後ろに乗ったのだが、当然のごとく手綱も彼女が持っているので、なんとも格好が悪い。

 逆に僕が後ろに座って彼女にしがみ付く形になっても格好悪いので、どっちもどっちではあるのだが。


 唯一良かったと思える点があるとすれば、僕を支えているマリエッラの柔らかいものが背中に押し付けられていることくらいだろう。

 だが、そんなことに喜んでいる場合ではないとでも言うように町の中は騒がしく、すぐに現実へと引き戻された。


 町の中は怪しい男に連れ攫われたお姫様が意識のない状態で戻ってきた話題で持ちきりで、人々からはざわざわと落ち着かない様子が窺える。

 そんな状況の中でアンが今のような状況に陥る原因を作った僕が町に戻ってきたものだから、人々が僕に対して警戒心を抱くのは無理もないことだろう。

 最初に町にいた時以上に人々から浴びせられる視線は居心地の悪いものだった。



「おい、早くこっちに来い!!」



 町に着いてすぐ近場にいた兵士からアンの容態を聞かされていたであろうマリエッラは話が終わったのか人々の視線に晒されていた僕を呼びかける。

 早くこの場を離れたいと思っていた僕にとって彼女の呼びかけは少なからず救いだった。


 僕はマリエッラに連れられ、アンがいるという近くの花屋に急いだ。


 マリエッラが兵士に聞いた話によれば、町に着いてすぐに親切な花屋が急いで医者を呼びに行ってくれたらしく、大事にはならずに済んだようだ。

 今は落ち着いているという話だけで僕は気持ちが少しだけ軽くなるのを感じた。


 マリエッラにはアンに何もしていないとハッキリ言ったものの、もし僕が彼女を助けようと思わなければ、そもそもこんなことにはならなかったかもしれない。

 そんな後悔が少なからず僕の心の中で渦巻いていたからだ。



「はぁ~…良かった…」


「まだ安心しきっていい状況とは言えないがな。」


「そ、そうなんですか!?」


「…姫様はもともと体が弱くていらっしゃる。

 つい先日も倒れられたばかりでな。ようやく体調が回復したばかりだった。」


「じゃあ、やっぱり僕が彼女を連れ出してしまったのは…」


「ま、お前が連れ出さなければ、ここまでの大事にはならずに済んだかもしれん。

 追いかけていた兵が姫様を連れ戻すだけで済んだからな。

 とはいえ、今回のことは病み上がりにも関わらず勝手に宮殿を抜け出した姫様にも責任があるし、姫様から目を離した私にも当然責任がある。

 だからお前一人が責任を負うことではない。」


「だけど、僕にも責任があるのなら、僕はきちんと彼女に謝らなくちゃいけない。

 貴女にも。彼女を心配している全ての人にも。」


「…なら私もお前に一つ謝罪をしなければならないな。

 いきなりお前に剣を突きつけたこと、申し訳ないと思っている。

 あの時の私は冷静さを欠いていた。

 ……お前が何かしたわけではなかったのだろう?」


「いえ、あの状況であれば一緒にいた僕を怪しむのは普通でしょう。

 それより、急に態度が豹変したことの方が僕にはびっくりです。」


「人が素直に謝っているのに茶々を入れるな。」


「す、すみません!!」


「はぁ…姫様はさっき私からお前を庇っただろう。

 それだけではない。町に戻ってからも姫様はお前のせいではないと言い続けていたらしい。

 あの方が自分のことはそっちのけでお前のことを案じていらっしゃったのだ。

 姫様のお気持ちを私たちが無駄にするわけにもいかんだろう。」


「アン様が…僕のために…」



 マリエッラから話を聞いて僕は途端に自分が恥ずかしくなった。


 何が『僕がこの子を守るんだ』だ。

 守られているのは僕の方ではないか。


 僕はただ何も出来ずに死んだことを悔いて、何もなかった自分の人生に価値を見出したかっただけ。

 自分のためにアンを利用しただけじゃないか。


 胸の奥がズキズキと痛む。

 目頭が熱くなるのを感じながら、僕は必死に涙が落ちそうになるのを耐えた。

 今一番辛いのは僕じゃない、アンの方だと言い聞かせながら。



「人は皆違う。

 他人に出来ることが自分にも出来るとは限らないんだ。

 だが、お前にしかできないこともきっとあるはずだ。

 己の弱さを知ったのなら、次はお前にしか出来ないことを探せ。

 そして、今度こそ姫様の力になって差し上げればいい。」



 泣くなとでも言うようにマリエッラは僕を励ましてくれた。


 でも、僕にしてみたらそれは逆効果にも等しい。

 彼女の言葉はとても温かくて、優しくて、逆に涙が出そうになったから。


 ズルズルと鼻水をすすり、ヒリヒリと痛むくらい目を擦って無理やりにでも止めないと大声で泣き叫びそうになるほどに。



「ありがとうマリエッラさん。

 それと一つお願いなのですが、アン様にはこのこと内緒にしてください。

 彼女の前では少しでもカッコイイ僕でいたいから。」


「ふんっ。お前なんぞに姫様はやらん!!

 というか、身分をわきまえろ身分を!!!」


「あいてっ!!」



 ゴンっと音が鳴るくらい殴られたが、何故か怒りよりも笑いがこぼれてしまう。

 僕の斜め前を歩くマリエッラも心なしか表情が柔らかくなったような気がした。


 話をしているとあっという間で気付けば僕らはアンがいるという花屋二階の奥にある一室へと辿り着いていた。


 マリエッラは先に入れと言わんばかりに僕に目配せする。

 そのことにハッとした僕は恐る恐るコンコンコンと三回ドアをノックした。


 ついさっきまで一緒にいたはずなのに、なんだか妙に緊張する。

 それは彼女がお姫様だからなのか、それとも彼女に対する罪悪感からなのか。

 はたまた好きになった人に会えるという喜びからか。


 なんだか落ち着かない僕を他所にノックに気付いた彼女がドア一枚隔てた部屋の中からおっとりとした優しい声で返事を返してきた。

 扉を開けるとほんの少し顔色の戻ったアンが僕たちをひだまりのような温かな笑顔で迎え入れてくれた。

バーベナ(紫) ≪後悔≫

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