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アングレカムの花言葉  作者: 豆大福
3/59

バーベナ(紫)Ⅰ

※主人公視点

※2018年9月6日一部修正しました。

※サブタイトルを修正しました。

「お前っ…!!姫様に何をした!!!!」



 目の前の女性は腰に差してあった剣を素早く抜き、僕の喉元に突きつけて鋭い目を向けてきた。


 平和な日本で普通に暮らしていたら滅多なことでもない限り刃物を突きつけられることはないだろう。

 僕は初めて他人に刃物を突きつけられたことに恐怖した。


 そしてそれ以上にアンが”姫様”と呼ばれたことに動揺を隠し切れずにいた。


 何か言いたくても言葉がまるで詰まったように上手く出てはくれず、パクパクと口のみが動く。

 傍から見たらとても間抜けだったろう。

 だが、それほどまでにヘタなことは言えないような状況だったのだ。


 それからどれくらい時間が経っただろうか。


 おそらくさほど経ってはいなかったであろうが、沈黙が続き、そろそろ目の前の女性も待つのに限界を感じている頃だろう。

 何も話さない僕にいつ痺れを切らして斬りかかってくるとも知れない。

 すっかり頭が真っ白になっていた僕はこの状況を切り抜ける方法すら思いつかなかった。


 そんな僕に救いの手を差し伸べたのは気を失っていたはずのアンだった。



「…お、やめ、なさい。マリエッラ…」


「っ!?姫様!!」



 青白い顔をして花畑に倒れこんでいたアンは未だ生い茂った草の上に横たわり、胸を押さえて苦しさに耐えている。

 そんな状況下でも僕を助けようと必死で声を絞り出しているのだ。

 彼女の言葉に目の前の女性、マリエッラが反応しないはずがなかった。


 マリエッラは僕に向けていた剣を投げ捨てると、すぐさまアンのもとへと駆け寄り、そっと彼女の体を起こしてから優しくその胸に抱いた。

 とても心配していたのだろう、マリエッラの目尻には僅かに涙が見える。



「姫様っ!!大丈夫ですか!?この男に何をされたのですか!!」


「…た、だの発作です…あの方は…何も悪くはあり、ません…。」


「ああ…!!あれだけ無理はなさらぬよう言いつけたではありませんか!!」


「す、すみません…心配を、かけて、しまいましたね…」


「っ…お説教は後です!!今は一刻も早くお医者様に診てもらわなければ!!

 ですが、宮殿まで戻るには時間がかかり過ぎます。

 申し訳ございませんが、ここは町で直接お医者様に診てもらいましょう。」



 マリエッラは共に来た兵士を呼びつけるとすぐさまアンを馬に乗せ、町に戻るよう仕向ける。

 その間、放置されていた僕は必死に頭を働かせ、状況を整理しようとした。


 どうやらアンはこの国のお姫様で、僕は城を抜け出したお姫様の手伝いを何も知らずにしてしまったということらしい。

 悪いことをするとかしないとかの話ではなく、あの兵隊たちは単に彼女を連れ戻すために動いていただけではないか。

 僕の行動は己の自己満足のために状況を悪化させただけでなく、何らかの病にある彼女に無理をさせただけだったように思えた。


 守るとかカッコイイことを考えておいて、実際にはアンを危険に遭わせただけだったのだ。


 どうしよう…。

 普段ならやらないようなことにチャレンジしたのが裏目に出てしまったのか。

 僕は今更どうにもならない状況に嘆くばかり。


 彼女に謝らないとならない。

 僕のせいで苦しい思いをしてしまった彼女に。


 だが、謝罪の言葉はもう届かないほどの距離までアンを乗せた馬は遠ざかってしまっていた。


 正直言って、アンの心配ばかりしてはいられない。

 僕自身がこれからどうなるのかもまだわからないのだ。

 もしかしたらもう会うことすら叶わないかもしれないと思った僕はもはや形すらもわからないほどに遠ざかってしまったアンに対し、謝罪の言葉を心の中で呟くことしかできなかった。



「悪いが、お前にも同行してもらうぞ。

 これまでのことを洗いざらい話してもらわなければならない。」


「…えっ!?!?」



 まさかの同行の許可が下りた。

 彼女、マリエッラがアンとかなり近しい間柄だということは先ほどのやり取りを見ていればわかること。

 マリエッラと行動を共にしていれば、直接謝る機会が得られるかもしれない。

 僕は思いがけずやってきたチャンスにガタ落ちしていたテンションが上がるのを感じた。



「そうとなれば、早く追いかけるぞ。お前は私と同じ馬に乗れ。」


「!?!?!?は、はいいいいいいい!?!?」



 と思っていたのも束の間のことで、マリエッラの発言に僕のテンションは一気にガタリと音を立てて落ちたようだ。


 乗れと言われても乗馬でもやっていない限り馬の乗り方なんて知らない。

 当然のことながら平凡な一般人である僕は馬の乗り方など知るはずもなかった。


 そのせいか、先ほどとは違う意味で汗が滴ってきている。

 緊張で手が汗ばんできて、心臓なんかこれでもかというくらいバクバクと高鳴っていた。

 嫌な緊張感に背中がぞわぞわする…。



「落ち着け。

 お前がそんなんじゃ馬が不安がるだろうが!!」


「で、でも僕馬に乗るなんて初めてで…不安になるなって方が無理ですよ!!」


「むしろそっちの方が危険だ。馬は乗り手の不安を感じ取るからな。

 とりあえず深呼吸して一呼吸置け。

 こっちはお前と一緒に落馬なんて堪ったもんじゃないからな。」



 僕だって落馬は勘弁ですよ!!

 と言いたいところだが、馬に慣れているマリエッラと馬に慣れていない僕とではどう考えても僕が原因で落馬する可能性の方が高い。

 不安要素の塊である僕に何も言う権利はなかった。


 だが、果たして深呼吸一つでどうにかなるものなのか。

 そうは思いながらもこれで落馬してまた死にましたでは困るので、とりあえず深呼吸を一つしておいた。

 ついでに念には念を入れて”人”を書いて飲み込んでおこう。



「まぁ、私も一緒に乗るんだし、あまり心配はするな。」



 そう言うとマリエッラは馬の左側に回り込み、僕に左手で持つようにと手綱を預けてきた。

 あまり強く引っ張り過ぎないようにと注意も添えて。


 それから空いた右手で足を引っ掛ける鐙を引き寄せ、左足を鐙に引っ掛けると今度は鞍に両手で手をかけ、そのまま勢いよく跳び上がって右足を馬の右側に回し、ゆっくりと腰掛けるだけだと時間をかけて丁寧に馬の乗り方を教えてくれた。


 いきなり剣を突きつけてくるような物騒な人かと思ったが、思っていたよりずっと親切だ。

 本当はアンのことが心配ですぐにでも後を追いかけたいだろうに僕なんか構ってくれて、なんだか申し訳ない気持ちになる。



「あの、アン…姫様のところに急いだ方がいいのでは?

 僕は後から歩いて追いかけますし、貴女だけでも先を急いだ方がいいと思うのですが。」


「それで『はい、そうします。』とでも言うと思ったか?

 先ほども言ったようにお前には姫様と何があったのか話してもらう必要がある。

 ここで逃げられては困るのだよ。」


「っ!!逃げたりしません!!!」


「それを私に信じろと言うのか?

 初対面で、なおかつ姫様が倒れられた際に一番近くにいたお前を?

 土台無理な話だろ。」


「だとしても!!

 僕は彼女に何もしていません。それだけは事実です。」


「先ほどのことはただの発作だということはすでにわかっている。

 だが、お前がここに来るまでの道中、何もしていないとは限らないだろう。

 お前の話を信じるかどうかは詳しい話を聞いてからだ。

 とにかく、急いで町へと向かうぞ。早く乗れ。」



 親切な人かと思ったが、言い方が妙に刺々しくて無性に腹が立つ。

 まあ、今の僕は明らかにこの国の住民というわけでもないため、怪しまれるのは仕方のないことかもしれないが。


 僕は苛立ちでムスッとした顔をなんとか落ち着かせて馬と向き合う。


 大丈夫、出来る!!

 僕は意を決して馬と向き合い、マリエッラに教わった通りに初めての馬に挑戦した。


 するとどうだろう。

 マリエッラの親切な教えのおかげか最初こそ怖いと感じていたが、思い切って乗ってみたら馬はとても大人しくて、何故今まで怖がっていたのか不思議に感じるほどだった。


 じんわりと脚を伝わって馬の温かな体温が伝わってくる。

 これが生きているということなんだな。


 ふと顔を上げてみると、馬に乗る前よりも高い位置の景色が目の前に広がる。

 自分の身長よりも少しばかり高いところから見える景色はアンが教えてくれたものとはまた違った風景が広がっていて、町よりずっと向こう側に並ぶ山々は夕日の茜色でまるで燃えているかのように染まっていてそれはそれは綺麗だった。


 こんな景色は都会では味わえない。

 建物に囲まれた風景が日常だった僕にとって見渡す限り自然が広がるこの場所は新鮮で、とても美しいものだった。


 それこそ、先ほどまでの苛立ちや自分の不甲斐なさを一時でも忘れてしまうほどに。


 まだアリウム王国に来て一日も経っていないが、僕はこの場所で生きてみたいと心からそう思った。


 今度は僕が誇れる自分になりたい。

 ここから僕の新しい人生を始めるんだ。


 そのための最初の一歩として僕はアンに謝るべく、町を目指した。

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