表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アングレカムの花言葉  作者: 豆大福
23/59

ヤブデマリⅡ

※主人公視点

※サブタイトルを修正しました。

 アンは永く生きられない。

 僕を呼び出した王妃様は僕が一番知りたくて、一番現実になってほしくなかったことをあっさりと、けれども無理やりな笑顔を浮かべて語った。

 そして動揺を隠せないままの僕に王妃様が求めたのはアンがいなくなることを受け入れる覚悟だった。



「そんなこと急に言われても…」


「そうでしょうね。いきなり言われても受け入れられるものではないでしょう。

 私たちも最初の頃はあの子とどう向き合ってあげたらいいのか悩みましたから。」


「…どうしたらそんな受け入れられるって気持ちになれるんですか?

 貴女たちはアンの親で、僕なんかよりもずっと辛い立場でしょう!?

 それなのになんとかしようとか思わないんですか!?

 もっと一緒にいたいとか思わないんですか!?

 なんでそんな簡単に受け入れられるんですか!?」



 しまったと思った頃には時すでに遅しだった。

 王妃様の瞳は靄がかかったように曇り、傷を抉られたかのように辛そうな表情をしている。

 簡単に受け入れられるわけがないことぐらいわかるはずなのに、僕の口はベラベラと彼女を非難する言葉ばかりが飛び出してしまった。



「す、すみません…!!」


「いえ、いいのです。

 あの子が生まれてから十数年を共に過ごした私たちとは違い、貴方はあの子と出会ってまだ間もない。

 いきなりこんな話をされて動揺してしまうのは無理もありませんから。」


「僕、こんなことを言うつもりはなくて…

 ただ、どうにもならないのかってそればっかり考えちゃって…!!」


「落ち着いてください。大丈夫ですから。」


「ごめんなさい…ごめんなさい…」


「…私たちもどうにかしたいと考えたことはありました。

 親なのですから助かる手段がないか探すのは当然のことです。

 けれども、国一番の医者でも、国外から医者を呼んでも状況は変わりませんでした。

『今の医学ではどうにもならない』の一点張りだったんです。

 私たちはあの子をどうやっても救ってあげることが、できない…。

 日に日に弱っていくあの子をただ見ていることしかできない…」



 王妃様から発せられた言葉は次第に消えてしまいそうなほど小さくなって、ひどく震えていた。

 目には涙をいっぱい溜めて、必死に落ちないよう堪えている。

 僕は自身の失言を後悔せずにはいられなかった。


 僕が知らないこの十数年という時間の中、彼女らは必死に探し続けていたのだ。

 アンが生きられる可能性を。

 ほんの僅かな可能性でも構わないと国中を、国外をも回って探して探して。

 それでも見つからなかったのだろう。


 僕は彼女らの努力を知らずに好き勝手に自分の気持ちばかりぶつけてしまった。

 なんと愚かなことだろう。

 一緒に長い時間を過ごした彼女らの方が何倍も別れることを恐れているというのに。



「…すみ、ません。……っ…」



 王妃様は絶対に泣くものかと必死に声を抑えて、今にも溢れそうになる涙を落ちないように時折上を向いたりしていたが、堪えきれずに落ちてしまった涙は彼女の頬を伝っていく。

 輪郭に沿ってツーっと落ちていく雫がポタポタと太ももに落ちて服にシミをつくり、ゆっくりとその円は広がっていった。

 手に握り締めてあったハンカチを使うのも忘れ、彼女はただ涙が収まるのを待ち続けている。

 その間、僕は一言も言葉を発することができなかった。



「…今の貴方が受け入れられないように、私たちもあの子との別れを受け入れるのには時間がかかりました。

 それでも、私たちが不安がって暗い顔をしていたらアンに気を遣わせてしまう。

 一番辛いのは私たちよりあの子の方なのに…。

 だから誓ったんです、アンの前では普通であることを心がけようと。

 私たちの心配ばかりさせていたら、あの子は自分の人生を自分のために生きられなくなってしまうから。」



 王妃様の話で僕はどうしてアンがいつも楽しそうにしていたのか、その答えがわかったような気がした。

 アンがいつも笑顔を浮かべていられるのは国王陛下や王妃様が常に彼女の前では普通であろうと努めてきたからだ。

 そこには彼女への溢れんばかりの愛が込められていた。


 僕に同じことができるだろうか。

 僕はそれまで抱いていたアンへの好意に自信が無くなっていくのを感じた。


 これなら知らないでいる方が良かったのではないかと聞いたことを後悔してしまうほどに。



「貴方はどうしますか?」


「えっ?」


「今日このことを話したのはそろそろ貴方が色々尋ねたくなってくる頃だと思ったからです。

 先日マリエッラからも貴方がアンのことについて知りたがっているという話を聞きました。

 おそらく聞いた今となっては知らなかった方が良かったと後悔されている部分もあるでしょうが。」


「それは…」


「無理もありません。

 知らなかった方が貴方は今まで通りあの子と仲良くしてくれたでしょう。

 それでも私は貴方に知ってもらうことを選びました。

 見ず知らずの人に救いの手を差し伸べられる貴方ならきっと悩みながらもあの子と向き合ってくれると思ったからです。」


「…王妃様は僕のことを買いかぶりすぎです。」


「そうかもしれません。

 けれど、あの子が信頼する貴方にならばあの子の運命を一緒に受け止めてくれるのではないかと私は感じました。

 私はあの子が信じた貴方を信じたいのです。」


「……」


「知らなくて後悔した方が良かったのか、知って後悔した方がいいのか難しい問題ですね。

 難しいですが、知らずにただ後悔するばかりより、知って後悔してもその気持ちを乗り越えられる道を選びたい。

 そうは思いませんか?」


「…僕にはまだわかりません。

 知っていることと知らないこと、どちらが正解だったのか。」


「よく考えて答えを出してください。

 もし貴方が無理だと感じたのであれば、もうここに来なくても構いません。

 中途半端な優しさはアンはもちろん、貴方自身も傷つけかねませんから。

 私たちのように悲しみを背負うことなく、すべてを忘れて普通に幸せな人生を送ることも一つの選択です。

 貴方の人生なのですから、どうしたいかは貴方が決めなさい。」



 王妃様の言葉に僕は自分がどうしたいのか考えた。

 この世界に来て初めて触れ合った人との出会いを僕は忘れることができないだろう。

 彼女との出会いがあったからこそ、僕は今こうしていられるのだから。


 だが、果たして僕に国王陛下や王妃様のような振る舞いができるのか。

 きっと僕はアンの顔を見たら今日の話を思い出してしまうだろう。


 今までのように出来ないのであれば、いっそのこと…


 こういう時、大ちゃんならどうしただろうか。

 エルベルトさんなら?マリエッラなら?


 自分で選ぶということがこんなにも難しいなんて僕は知りもしなかった。

ヤブデマリ ≪覚悟≫

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ