シバザクラⅡ
※主人公視点
※サブタイトルを修正しました。
『ロミオとジュリエット』の話をしてからなんだか気まずくなってしまったが、それでもアンは笑顔を絶やすことなく、楽しかったと言って宮殿へと帰っていった。
僕は気まずい雰囲気を結局変えることもできなくて、アンが乗った馬車が小さくなるまで見送ることしかできなかった。
カフェでアンやマリエッラと別れ、一人で帰路を歩きながら僕は考える。
僕が思っていたよりもずっとアンの体は限界に近いのではないかと。
彼女が僕らに心配をかけまいと明るく振舞っているだけで、本当はあまり良くないのかもしれない。
もしこれが僕の考えすぎであれば問題はない。
けれども、僕の考えた通りであれば、僕は彼女にこれからどう接してあげたらいいのだろうか。
花屋に戻ると、フィオーラさんが温かく迎えてくれた。
僕は心配をかけまいと無理やり笑顔を作って、マリエッラからエルベルトさんのご家族にと手渡されたカフェでテイクアウトしたケーキをお土産に渡した。
フィオーラさんはとても喜んでいたけれども、僕の心の中は今もまだなんとも言えない感情が渦巻いている。
聞けば答えてくれるかもしれない。
それでも聞くことができないのは、僕がまだ弱いからだろう。
それからしばらくが経ち、僕はアンに花を届けに宮殿へと再び向かうこととなった。
せっかく国王陛下や王妃様がお許しになってくれたのに、しばらく顔を出していないだろうとエルベルトさんに背中を押されたことがきっかけだ。
だが、僕の足はとても重たくてなかなか前には進んでくれない。
「はぁ~……」
「あっ、エニスィーだ!!」
宮殿へと向かう道中、町の中にある噴水広場を通った僕はそこで遊んでいた子供たちに声をかけられた。
その中にはエルベルトさんの一人娘であるエルミリアの姿もある。
「やあエルミリア。友達と遊んでいたのかい?
それと、僕の名前は縁だよ。え・に・し!!言ってみ?」
「え・に・すぃー!!!」
きゃっきゃと楽しげなエルミリアはまだ幼くて僕の名前を上手く発音できないらしい。
舌ったらずなのは可愛らしいが、純日本人なのにまるで外人にされてしまった気分である。
まあ、それはそれであだ名のようなものと考えれば受け入れられなくはないのだが。
「エニスィーどこかいくの?」
「うん。これからお姫様のところに行くんだよ。」
「いいなあ。ねーねー、わたしもつれてって!!」
「んー…これもお仕事みたいなものだからエルミリアを連れてはいけないかな~」
「ええー…エニスィーばっかりずるい!!どけちぃ!!」
子供の吸収力には恐れ入る。
おそらく晩酌中に酒を取り上げられてしまったエルベルトさんがフィオーラさんに言った言葉を覚えてしまったのだろう。
この程度ならまだいいが、エルベルトさんの口の悪さが移ったら色々と大変なことになりそうだ。
思わず僕はエルミリアの今後が心配になった。
エルミリアはフィオーラさんに似てとても可愛らしい容姿をしている。
栗色の髪の毛は一本一本が細くて量も少なく、サラサラ。
同じ色の目はくりくりとしていて睫も長く、愛らしい。
子供ならではのすこしふっくらした体型はとても抱き心地が良く、エルベルトさんが抱きかかえたくなる気持ちもわからなくない。
くっ付こうとしては酒臭いと逃げられているが。
思えばエルベルトさんとはあまり似ていないな。
まあ、金に近い茶髪に三白眼、無精髭でガラの悪い風貌に加えてあの口の悪さ。
エルベルトさんに似なくて良かったとも思うが。
「ところでエルミリアはここで何して遊んでいたの?」
「あんね、パパからうりものにならない?おはなをもらったからね。
みんなでおはなのかんむりつくってたの。」
「そっか。どう?上手に出来た?」
「うんっ!じゃーん!!みてみてじょうずでしょ!
パパがまえにおしえてくれたんだよ!」
「凄いね!まるでお姫様みたいだ。」
「えへへー!」
少しばかり歪で大きさもエルミリアのサイズには合っていないが、それをとても嬉しそうに見せてくれる姿にアンのことで悩んでいた心が少しだけ癒されるのを感じた。
純真無垢な子供だからこそなのか、素直な彼女らと戯れていると心が洗われていく。
「エルミリアはお花好き?」
「うんっ!だからね、おとなになったらパパみたいなおはなやさんになるの!
それで、きれいなおはなでみんなをしあわせにするの!」
「みんなを幸せにか…」
「パパもママもエニスィーもこのまちのみんなも、おひめさまも!!」
「お姫様も?」
「あんね、パパたちがいってたの。おひめさまげんきがないって。
だからね、きれいなおはなみたら、おひめさまもきっとげんきになるからね、おはなやさんになるの!」
少しだけ驚いた。
この町の人たち、特に大人がアンの事情を把握しているというのは薄々勘付いていたことだったけど、まさか子供たちまで知っているとは。
詳しいことはわからないのかもしれないけど、幼いながらに彼女らも大人たちの会話から何かしら理解しているようだった。
僕はまだ自分がこの町の一員になりきれていないことを実感する。
そして思ったのだ。
この町にいるからには、彼女の傍に居続けたいと願うのならば知らなければならないのだと。
本人にその自覚はないのだろうが、僕はエルミリアに背中を押された気がした。
「そっか…。ありがとうエルミリア。
僕お姫様に会いに行って来るよ。」
それまで重たかった足が嘘のように軽くなったのを感じながら僕はエルミリアと別れて宮殿への道を再び進み始めた。