ヤブランⅠ
※主人公視点
※サブタイトルを修正しました。
花屋でアルバイトを始めてから二週間ほど経った。
ようやく仕事内容を覚えることができたものの、まだまだ体はついていかず、花の世話や接客と目まぐるしい日々を送っている。
おかげで夜はすぐに眠くなってしまって夜更かしもしていない。
学生生活を送っていた頃は宿題に追われたり、ゲームで徹夜してしまうこともあったが、あの頃と比べると健康的な生活を送っているような気がする。
とはいえ、この世界に馴染んできたかと言われれば微妙なところなのだが。
そんなある日、僕の元に一通の手紙を届けにマリエッラが店へとやってきた。
「先日はどうも。」
「お久しぶり?です。
今日はどうかしたんですか?」
「今日は王宮から縁殿とエルベルト殿に御用があって参りました。
先日、姫様をお救いいただいたお礼にと国王様と王妃様がお二人を宮殿へご招待して下さったのです。」
「そ、そんな大層なことはしてませんよ!?」
「貴方はともかく、姫様が大事に至らなかったのはエルベルト殿のおかげです。
一宿一飯の恩義もありますし、改めてお礼をしたいとのこと。
是非お越しいただけませんでしょうか。」
「…悪いが俺は遠慮しておく。」
「えっ!?宮殿に行ける機会なんてそうそうあるもんじゃないですよ!?
行きましょうよ!!」
「なら、坊主一人で行ってくればいい。
申し訳ありませんが伝えてくれませんか。俺は当たり前のことをしただけだと。
ですので、お礼なんかはいりません。」
「ですが…」
「いいんです。
姫様が今も元気でいてくれるならそれだけで十分ですよ。」
「わかりました。
エルベルト殿のお気持ちは私からお伝えいたします。
では縁殿、一週間後またお迎えに参りますので。」
「はい。
あっ、宮殿に行くのに何か手土産とか必要でしょうか!?ふ、服装は!?」
「そのままでいいです。」
思いのほか再会の時は早かった。
その日はなんだかテンションが上がってしまって顔のにやけが止まらず、いい加減にしろとエルベルトさんに叩かれたが、それくらいまた彼女と会えることが僕にとっては喜ばしいことだった。
けれども、お礼って一体何だろう。
それから一週間が経ち、マリエッラは約束通り僕を迎えにやってきた。
出掛けにエルベルトさんから姫様にとガーベラの花束を預かり、迎えの馬車へと乗り込む。
馬に乗るのも初めてだったが、馬車に乗るのも初めてだ。
物語の世界なんかではよく出てくるものの、自分が乗る機会はそうあるものではない。
思わず周りをキョロキョロと落ち着きなく見てしまう。
そんな僕に向かい側に座るマリエッラは冷ややかな目を向けていた。
「本当に落ち着きのない人ですね。
今からそれでは宮殿についた時にはどうなっているのやら…
あんまり怪しい動きをすると近衛兵にぶった切られますよ?」
「…怖いこと言わないでください。」
それからしばらく僕らの間に会話はなかった。
お互いに馬車の窓から見える景色を眺めるだけ。
時々沈黙に耐え切れなくなってマリエッラに何か話しかけようかとも思ったが、タイミングが掴めず、結局話しかけることはなかった。
だが、こうして見てみるとマリエッラも十分美人な方だと思う。
触れたらさらりと音を立てそうなほどにサラサラで真っ直ぐな黒髪は白い肌に映えてとても綺麗だ。
伏し目がちな目からかすかに覗く金色の瞳はどこか大人の色気を感じさせる。
これでもう少し優しければ言うこともないだろうに。
それにしても反対向きに座っていてよく酔わないな…
*
無言のまま馬車に揺られて30分ほど経った頃には静かな空間にも慣れてきた。
窓から見える景色に時折配達で通る道を見つけては『あの角を曲がるとご贔屓にしてくださっているご婦人の家がある』、『今日も噴水広場にいつもの子供たちが集まっているなあ』と少しずつ町に馴染んできたことを実感したが、まだまだ知らないことの方がずっと多い。
目の前のマリエッラのことはもちろん、僕自身の状況も。
これからどうなってしまうのだろう。
アリウム王国に来る直前、真っ暗な闇の中で聞こえた声はあれ以降聞こえてくることはなかった。
やはり誰かの力を当てにせず、自分の力のみで乗り切れということなのかもしれない。
あれこれと考えていると次第に外を歩く人の姿は少なくなってきた。
町を抜けると窓から見える景色も木々の緑が増えていき、大きな湖や石垣なども目に入ってくる。
アリウム王国はどうやら自然の多い国のようだ。
国一番の町の周りはぐるりと山々の緑で囲まれていて、ところどころに小さな村がいくつかあるくらい。
人口もおそらくはそんなに多くないだろう。
だが、コンクリートジャングルな日本と比べて辺り一面が自然なので空気がとても綺麗で美味しい。
便利な家電製品や交通手段などはなく不便なことも多いだろうが、人々はとても穏やかに伸び伸びと生活している。
誰もこの国に不満を抱いていないことから王様の人柄もきっと良いに違いない。
僕は宮殿に行くのがますます楽しみになっていくのを感じた。




