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アングレカムの花言葉  作者: 豆大福
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スイートピー

※主人公視点。

 どうしてこんなことになってしまったんだろうか・・・


 その日は朝から何もかもが失敗続きの一日だった。


 朝から寝坊し、慌てて家を飛び出したからか鞄の中身は前日の時間割のままでほとんどの授業で教科書を借りる破目になったし、学校にも当然間に合わず遅刻。

 朝食もろくに取らずに来たので、授業中は腹の虫が鳴り止まなかった。

 最悪なことに財布も忘れてしまったようで、購買部で何か買おうにもお金がない。


 幸いにも昼食分だけは幼馴染の大ちゃんから500円借りることが出来たのでなんとかなったものの、授業中にギュルギュルと鳴り響く腹の虫にクラスの女子たちからクスクスと笑い声がかすかに聞こえていた。

 僕だとバレていないとは思うが、バレていないと思っていてもやはり恥ずかしいもので、授業の内容はまったく頭に入ってこなかった。


 やっとこの最悪な一日から開放されると思った放課後には先生に雑用を任されてしまう始末。


 今日だけでもう一体何度ため息をついたことだろうか。

 ため息をつくと幸せが逃げるとはよく言うが、今日の災難続きはため息のせいだけではないような気がする。


 ようやく雑用から解放されたものの、友人たちはすでに帰ったようで、教室には誰の姿もなかった。

 仕方なく一人寂しく帰路につく。


 今日一日良くないことばかりだったからか疲労で普段なら20分もかからない道のりを20分以上かけて歩いていると、しばらくして見慣れた駅が見えてきた。

 高校は住宅が並ぶ静かな場所に位置しているせいか、寄り道できるような場所もコンビニやスーパーくらいしかないが、さすがに駅周辺ともなると人も多くなってきて、にぎやかだ。


 あとは電車に揺られて約20分、電車を降りて駅から家までは約10分といったところだろうか。

 よっぽどのことでもない限りは帰り道で何か起こるということはないだろう。


 しかし、その油断が命取りだったのかもしれない。


 思い起こせば今日は朝から散々な一日だったのだから、家に着くまでもっと注意しておくべきだった。

 帰り道に突然降り出した雨のせいで路上が濡れて滑りやすくなっていたのだ。

 そのことに気づかず、早く駅の中に入ってしまおうと急ぎ足になっていた僕は駅へ向かう途中にある歩道橋の階段で足を滑らせてしまった。



「しまった…!!」



 そう思った時にはすでに遅く、僕の体は宙に浮いていた。


 事故の瞬間に周りの景色がスローモーションに見えるとはよく言うがまさか本当のことだったとは。

 ゆっくりと自分が来た道を落ちて行くのがわかる。

 雨粒までもがはっきりと捉えられるほどで、本来なら一瞬の出来事のはずがとても長く感じられた。


 唐突に自分が歩んできた過去を思い出す。

 これが世に言う走馬灯というものなのだろう。



(えにし)!!ほら今からキャッチボールやんぞ!』


『せめて公園でやろうよ…。庭じゃ狭いし、ボールがどこかに飛んでったらどうするの!?』


『へーきへーき!!俺そんなヘマしないし!お前が上手くキャッチすればいいだけだから!』



 自分から積極的に行動を起こすのが苦手だった僕はいつも自分を引っ張っていってくれる人間にくっついているだけだった。


 よく僕を連れ出してくれた大ちゃんと庭でキャッチボールした時なんか大ちゃんの暴投で窓は割れるし、障子は破れるし、散々な思いしたな。

 その後、二人してお母さんに怒られて拳骨くらったんだっけ。


 中学に上がった直後も担任のズラを吹っ飛ばして追い掛け回されるし、酷い目に遭ったもんだ。


 こうやって思い返すと僕は自分からは何も行動を起こしたりしなかったな…。

 僕がここに生きていたという証さえ、何も残せなかった。


 きっと僕が死んでも両親や友人たちが悲しんでくれるだけで、僕がこの世界からいなくなっても何の支障もなく日々は続いていくのだろう。


 僕がこの世界にいた意味は果たしてあったのだろうか。

 たった十数年という人生に価値はあったのか。


 もしも神様という存在がいるのなら、たった一度でいい。

 僕がいたという証を遺せる人生を送らせてはくれないでしょうか。


 それから僕がどうなったのかは覚えていない。

 視界が真っ暗になって耳もよく聞こえなくなった。

 深い深い闇の底にでも落ちていくような何もない、何も感じられない場所に漂って溶けてしまったような感覚だ。


 これが死というものなのだろうか。


 ふと思う。

 昔何気なく祖父に尋ねた『人間は何故死ぬのか』

 その問いの答えは何だったかと。


 ただ、幼い日に思っていたほど死は怖いものではないのかもしれない。


 自分という感覚がなくなっていくのを感じる。

 だが、無に還る前にその声だけははっきりと聞こえてきた。



「もし貴方が死を受け入れてしまうのなら、それもまたいいでしょう。

 ですが、どうでしょう?

 今一度、生にしがみついてみる気はありませんか?」



 無意識だったと思う。

 誰とも知れぬ声の主に僕はもう一度生きたいと願ってしまったのだ。

スイートピー ≪門出≫

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