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瀬斗景/1

「ただいまぁ」

 リビングの扉を開けると、夜子はソファで膝を抱えながらテレビを、山本はキッチンで洗い物をしていた。ちょうど夕飯を食べ終えたところなんだろう。

「おかえりなさい、兄さん」

「おかえり、陽ちゃん。ご飯はテーブルの上に置いてあるわよ。チンして食べて」

 山本は顔を上げると、洗い物をする手を止めずに言った。

「へーい」とテーブルに近づいてみると、置かれていたのはまるで家庭科の教科書に載っているような、シンプルなハンバーグだった。添えられているのはさやいんげんのバターソテーと人参のグラッセ。これまたそのまま教科書に載せられるような出来栄えだった。

「おい、これ夜子が作っただろ」

「はい、そうですけど」

 皿を指し琴浦が訊くと、夜子はテレビから目を離さずに答える。

「やっぱり。お前の作るもんは一目でわかるわ」

 夜子の料理は基本に忠実――というと聞こえが良いが、いつも教科書を丸写ししたような仕上がりだった。ちなみに『料理本』ではなく『教科書』だ。

 肝心の味は、普通に美味いが感動するようなものでもない。

(別にいいんだけどよ……。なんかもうちっと愛嬌ある感じにできないのかねぇ)

 電子レンジに皿を入れ、『温めスタート』のボタンを押す。テレビから流れる役者の声と水音、そして電子レンジのブーンという音が、広いリビングで混じりあう。

「夜子、お前何見てるんだ?」

 手持無沙汰になった琴浦は、テレビに釘付けになっている夜子に訊いてみた。夜子は相変わらずこちらを見ることはなく、「少年探偵K」と番組名だけを答える。

「ああ……。あれね、今流行ってるやつ」

 少年探偵Kとは、現在老若男女問わず人気のテレビドラマシリーズだ。美少年探偵、通称『K』が幼馴染の少女と一緒に異形の者による事件を解決していくという探偵物のストーリーで、確か放映はもう何シーズンも続いていたはず。

 正統派な少年探偵が爽快に事件を解決するシーンと、天然ボケな幼馴染が愛らしいと評判で、それが長く続いている理由――らしい。

 少年探偵を演じている役者は近頃めきめきと頭角を現してきた新人アイドルで、役と同じく現役高校生。

「少年探偵K」は、彼が有名脚本家に気に入られたことから決まった仕事だそうで――なんでも脚本は彼のために当て書きで作られているらしい。

 この今を時めく少年の名前は「KEI」――。作中の少年探偵の名前は、彼の芸名から取られている。

「お前がドラマ見るなんて珍しいじゃん。面白いのか?」

「んー……。普通です」

「じゃあなんで?」

「……たまたま暇だったから。それ意外に理由って必要ですか?」

 夜子はテレビから目を外すと、じとりとした視線を琴浦に送る。

(おーおー、ご機嫌斜めだな、このお嬢さんは)

 温めが終わった料理をテーブルに並べながら、琴浦はひょいと肩を竦めた。理由もなく興味の無い番組を見るような性格じゃないということは、夜子自身が一番わかっていることだろうに。

「学校でクラスメイトに聞いたんです。今週の「K」は、先週逃げられた因縁ある異形の者と再び相見える注目の話なんだって」

 琴浦に背を向けたまま、夜子が言う。テレビの中ではちょうど「K」が、ビルの屋上で異形の者と交戦しているシーンだった。

「ふーん……」

 だからって興味が湧くものか――?

 そう言葉を返そうと口を開いて、琴浦はああ、と頷いた。夜子は「K」と自分を重ねているのだ。先日異形の者を捕り逃した自分と、画面の中の彼を。

(なーんか思うところがあったのかねぇ……)

 夜子の小さな背は落ち込んでいるようには見えないし、何よりこの少女は公私を混同するようなタイプではない。例え仕事でミスをしたとしても、それをプライベートに持ち込むことはしないのだ。当たり前のようでなかなか難しいこれを、夜子は年若ながら徹底している。しかし。

(現場を見てないからなんとも言えねぇや。こりゃ、俺もついていったほうがよかった案件だったか)

 箸を手にしたまま琴浦は首を捻った。

(でも、排除は俺がいないほうがはかどるからなぁ……。戦闘中は俺、足手まといになっちまうし)

 琴浦はハンバーグを口に運ぶと、ソファから覗く夜子の後ろ頭を見た。やはり落ち込んでいる様子はない。

「夜子、この前お前と鈴切が怪我した時だけどな」

 琴浦の言葉に、くるりと夜子が振り返る。ドラマはもういいのだろうか。

「人狼に逃げられた時ですか」

「ん。その時。その時さぁ、もうひとり助手――つーか、戦闘要員入れときゃよかったかもな」

「なんですか。私の準備不足だったって言いたいんですか?」

「ちげぇよ。いや、いたら楽だったかもしんねぇな、ってだけ」

「そう言われましても。兄さんは戦力として期待できませんし」

 言って夜子は、冷めた目で琴浦を見た。

「それはわかってるから……。だから外の探偵に協力を依頼するとか」

「外って?」

「んー……。例えば《火之》とか」

「火之さん? そりゃいてくれたら助かったでしょうけど……。さっきから兄さん、何が言いたいんです?」

 探るような目で夜子に見据えられ、琴浦は苦笑を零した。

「あー……。なんつーか、人狼の件のことで、へこんでんのかなって。だってほら、そのドラマの主人公も、一度してやられた相手と戦ってんだろ?」

 ここで夜子は、ようやく合点がいったと頷いた。そしてきっぱり「違いますよ」と口にした。

「へこんでいる、というのは違います。反省はしていますけど」

 ああ、そういうことか――。

「反省……。で、テレビ見てなんか得るものはあったか?」

「無いです。やっぱり物語は物語ですね。これに出てくる彼……、異様に運がいいんです。初めてこの番組を見ましたが、どうやらピンチがチャンスになるというのがお約束みたいです。こんなの見ても参考になりませんよ」

 夜子は呆れたように息を吐くと、

「現実はこんな見栄えするピンチは訪れないし、それを覆すチャンスだってなかなか……」と首を振った。

「ま、そうだな」

 琴浦も頷き、苦笑する。

「でもちょっとだけ参考になったところも」

 夜子がわずかに口角を持ち上げる。琴浦は続きを促すように小首を傾げた。

「諦めてなんかやらない、ってとこです」

「――なるほど」

「もともと諦める気なんて無かったんですけどね。――ドラマみたいに上手く事が運ぶとは思いませんが、やってやるぞって、ちょっと気合が入りました」

 夜子の不敵な笑顔を前に、琴浦は息だけの笑いを漏らした。

「お前、意外と熱血なとこあるよな」

「熱血という言葉が私を表現するのに正しいかはわかりませんが……。一度請け負った仕事は完遂するのがプロというものです」

 強い力を宿した夜子の目に見据えられ、琴浦は頷きを返した。そして。

「そういうお前に朗報。――いや、夜子にとっては百パーセントいい話とは言えないだろうけど」

「なんですか」

 訝しげに眉を寄せる夜子を、琴浦は箸を置いてまあまあと宥める。

「この間の人狼の件、合同捜査することになったぞ」

「合同捜査……」

「ああ、つかさ警備主導でな」

 つかさ警備、と耳にした瞬間、夜子はうんざりと口をへの字にさせた。琴浦は苦笑いをひとつすると、

「大捕り物になりそうだからなぁ。人手も金もあるつかさ警備が捜査に加わってくれると、何かと助かるだろうよ」

「……わかりますよ」

「それにあっちはあっちで気になることがあったらしいし。――つかさ警備の社長さん、お前が電話くれて助かったって言ってたぞ」

「ああ……、そうですか……」

 げんなりとした顔で言う夜子に苦笑いをやり、琴浦はちらりとテレビに目をやった。

「お前の企みは、俺が挫く!」

テレビではちょうど「K」が決め台詞を喋っているところだった。時間からしてもうすぐ今週話は終わるのだろう。

「まあ……。面倒な人とも関わらなければならない、それが仕事ですね。――あの人狼はあれから大原の家に戻ってないし……。気になることはたくさんあります。迅速な解決のためです。仕方ない」

 自分に言い聞かせるように言い、夜子はふうと嘆息する。そして再びテレビのほうへ体を戻す。

 画面の中では、朝日を背にした少年探偵「K」が爽やかな笑みを浮かべていた。

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