御守夜子/4
公園の巨木の前に追い詰められた人狼は、息も絶え絶えになっていた。
追ってくる探偵を巻こうと公園に入ったはいいが、そこではすでに待ち伏せされていて。地上に足をつける前に大男の太い脚が人狼の背を蹴りつけた。
蹴り飛ばされ、ふらふらになりながら近くにあった木に縋りつく。
「はぁ……ッ、はぁ……ッ。――ッ!?」
膝をつき肩で息をしていると、ふいに背後から首の後ろを掴まれた。まるで猫の子のように首根っこを持たれ、人狼は後ろにいる人物に無理やり立たされる。
「だ、誰だっ――!!」
「――ようやく捕まえました」
人狼を持ち上げていたのは、摩天楼の上を飛び追いかけてきていた少女だった。
少女――夜子は自分よりも大きな体の異形の者を軽々持ち言った。
「さっきの返事、聞かせてくれますよね?」
ビル上を飛び回っている際に、夜子は人狼にひとつの質問をしていた。
探偵が異形の者の本性を暴いた時に必ず言う台詞だ。――その問いかけへの返答次第で、異形の者の運命は決まる。
夜子は静かな声で、もう一度訊いた。
「あなたは人に成り代わった。つまり人を食べたということです。許されるようなことではありません。ですが異形の者にも事情がありましょう。あなたが今後人を食べる気が無いのであれば……。《機関》へ送ります。そこで人間との共存の仕方を――」
話の途中で、夜子の言葉を遮るように人狼が汚い笑い声をあげた。夜子が顔を顰めると、それを気配で察したのか人狼はますます楽しそうに背を震わせる。
「やめるわけないだろうがよぉ? あんな美味い飯にありつけるんなら、俺はいくらでも『狩り』をやってやるぜ」
大きな口からだらりと舌を垂らし、夜子達を横目で見ると、馬鹿にするかのように人狼は言った。
「――なら、あなたを《排除》します」
人狼の首を持つ夜子の右腕に力が入る。そして左拳にぎゅっと力を込めた時。
――おおん、とどこかで遠吠えが聞こえた。
「へへっ、来たか」
人狼が言うと同時のことだった。鈴切は急に、脇腹に鈍い痛みを覚える。――何者からか攻撃されたのだ。
「――――っ!?」
攻撃の衝撃で転がった鈴切に、夜子が驚いて振り向く。と、人狼は思い切り身をよじり、夜子の腹を蹴りつける。
「ぐぅっ……!!」
瞬間、圧迫の苦しさから息が詰まる。
体に力を籠めるが、蹴りの勢いに負け夜子は片膝をついた。――が、それでも夜子は人狼を離さない。
「……っ!」
口汚く罵ってくる人狼を、生理的な涙を瞳に浮かべながらもねめつけ、夜子は鈴切を襲った相手を探そうと辺りを見回した――その時。
焼けるような痛みが、手の甲に走る。
(しまった……!!」
思った時にはもう遅かった。血の滲む右手を押さえる夜子の前には、二匹の人狼が立っていた。
「助かったぜ、『兄弟』……」
「お互い助け合っての『家族』だろ」
新たにやってきた人狼は、そう言ってカカと笑うと、手負いの人狼の腕を自身の肩に回した。そして夜子に一瞥をくれると――何も言葉を残さず公園をあとにした。
(やられた……。油断しているつもりは……なかったのですが……)
手の傷を押さえながら、ゆっくり立ち上がる。そしてポケットから大きな絆創膏を取り出し、ぺたりと傷に張り付けた。――この程度の傷なら、病院で診てもらえばすぐに痕も残らず治る。
「鈴切、大丈夫ですか?」
振り向くと、鈴切は「いてて……」と呟き、脇腹をさすり立ち上がった。
「うん、俺は頑丈なのが取り柄だから。それより、心配なのは夜子ちゃんだよ。ごめん……、役に立たなくて」
「いえ。謝るようなことではありません。それより――」
夜子には気にかかることがあった。
(あの人狼達……。『兄弟』『家族』と呼び合っていました。人狼の集団があるんでしょうか……。それに助けに来たほう……、どうやって大原の危機を察知したんでしょう? ――仮に、大原が逃げる時にした遠吠えが危機を伝える合図だったとして……。でも、いくらなんでも来るのが早すぎる気がします。あいつもこの周辺にいた、ということでしょうか……)
電話をする鈴切――彼は病院に電話をかけていた――を横目に、夜子は人狼が逃げ去った方角を見た。
「夜子ちゃん」
電話を終えた鈴切が、小走りでやってくる。
「先生、今すぐ見てくれるそうだから病院に行こう」
夜子は唇を薄く噛みながら、考えを巡らせた。そして少しして、「その前に」と鈴切を見上げた。
「一本電話をいいですか?」
「それは別に……。誰にかけるの?」
鈴切に問われると、夜子は煙たそうに顔を歪め――大きく嘆息した。
「……つかさ警備。《善知鳥》さんに連絡します。もしかしたら、さっきの人狼はつかさ警備も関係しているかもしれませんので」