御守夜子/3
大原が出てきたのは、店に入ってからゆうに三時間は経ってからだった。ほろ酔い気味なのか、来た時よりも足取りはゆっくりとしている。
「まったく、三時間も何をしていたんでしょう」
眉を吊り上げながら、夜子が声を潜めて言う。探偵は待つのも仕事――とはいえやはり体は疲れる。
「うーん……。宴会ではありそうだったよね。大原と一緒に何人もの人が店を出てきたし。その人達と飲んでたんじゃないかな」
「そんな気はしますね。ただ大原の交友関係は狭いから、飲み会に参加するのは少し意外でした。何か見落としたところがあったのでしょうか……」
夜子が小首を傾げると、鈴切は軽く首を振った。
「ですよね。――それよりも気になるのが、つかさ警備の探偵達です。あの人達、私達と同じタイミングで移動を始めましたね」
「うん。大原と一緒に出てきた客のなかに、追っていた人物がいたのかな」
「……どう、なんでしょうね……」
そのことは夜子も引っかかっていた。
協力しているわけでもない探偵が捜査現場で鉢合わせるなど、なかなかあるようなことではない。案外東京の街は広いのだ。
これはつかさ警備の耳に入れておいたほうがいいのだろうか――。
(ああ……。自分から連絡を入れるのは凄く嫌、です。けど、あの人に話をするだけしておいてもいいのかも……)
大原から目を離さないまま思案する。――と、ふいに大原は細道へと入っていった。
「あっ――!」
「鈴切、地図」
声に緊張を含ませ、夜子が訊く。鈴切は手にしたスマートフォンで地図を確認しながら、同じく固い声で「はい」と答えた。
「大丈夫。この辺りは会社ばっかりで、この時間ビル内に人はそういないはず。それと、少し先には公園もあるよ」
これに頷きを返すと、夜子はスポーツバッグのファスナーを開けた。バッグの隙間からは、厳ついガントレットが覗いている。
夜子はガントレットを手早く自身の腕に装着すると、強い瞳を鈴切に向け宣言した。
「ここでやります。もし逃げるようなら、公園に向かうよう誘導します。この場合は公園で合流しますよ!」
「はいっ!」
声を押し殺しながらも、力強く鈴切は返事をする。そして互いの顔を見合わせると、まずは夜が気配を殺しながら様子をうかがう。
「――……ん……?」
大原は喉が渇いていたのだろう。夜子を先頭にふたりが細道に入ると、彼は自動販売機の前で缶ジュースを飲んでいた。
夜子の影に気づき、大原がゆらりとふたりに向き直る。
「…………」
高校生が出歩くには遅い時間に、大人の男を引き連れ近づいてくる少女に――しかもその腕には《武器》を装備している――、大原は何か感じるものがあったのか、じりと後ずさる。
「こんばんは」
夜子の静かな声が、通りを走る車のエンジン音に重なった。大原はまた一歩後ろに下がり、軽く会釈をした。
(足の向きが外に向いた――)
大原の動きを、夜子はちらりと視線を落とし確認する。大原は逃げるつもりなのだ。
ならば奴の《本性》を《暴く》のは、今しかない――。
「――っ!」
夜子の足が軽く地を蹴る。すると大原との距離は一瞬で詰められ――。
「あなたの《中身》、教えてください――」
夜子の拳が大原の腹をえぐった――と同時に、夜子のガントレットから紫電が放たれる。
「ぐあっ……!!」
「…………」
苦しみの声を上げうずくまる大原に、夜子は無感情な瞳を落とす。
「うっ……うう……」
大原は低く唸ると、何かを隠そうと腹部を押さえた。だがその甲斐虚しく、押さえたところからはどろどろと、服に染みが広がっていく。
――それが一体なんなのかは、染みが大原の服の襟元を濡らした時わかった。
大原の皮膚が溶けだしていたのだ。
溶けた皮膚は服に染み、やがて服に覆われていない部分の皮膚もずるりと落ちる。
そしてそこから現れたのは、銀の毛に覆われた獣――人狼だった。
「それがあなたの本性ですか」
――探偵の持つ《武器》には、人間と異形の者を区別する機能がある。
この武器はただの人間には何の傷も与えられないが――異形の者相手ならば、強制的にその本性を暴くことができた。
夜子は自身の武器を振り上げると、追い打ちをかけるべく大原――いや、人狼に振り下ろす。
しかし人狼はこの一撃を転がり避けると、大きく跳躍し――ビルの屋上へと降り立った。頭上からは、人狼の遠吠えが聞こえる。
「追います――!!」
夜子は鈴切に向かって言うと、再び地面を蹴った。ビル壁を交互に蹴り上げながら屋上へと向かう。
鈴切は夜子が人狼を追って、別のビルに飛び移ったことを確認すると――彼女が飛んだのは、約束していた公園の方向だった――、地上からふたりを追った。