御守夜子/2
「大原は一体どこに行く気なんだろう……?」
人々が明日の休みに向け浮かれ騒いでいる金曜日の夜。夜子と鈴切は人の波に紛れ、大原のあとを追っていた。
「さあ……。でも、どの店にも目もくれませんね。目的地はもう決まっているみたいです」
仕事を終えた大原は、家には帰らず、電車を乗り継いで若者の街にある繁華街へと向かった。これはこの数週間、大原に張り付いていて初めての行動だ。
『もしかしたら、人間を襲うかもしれない』
大原を尾行していた鈴切からそう連絡があった夜子は、《排除》の準備をして現場に向かった。
それから鈴切と合流した夜子は、大原とつかず離れずの距離を保ち追い続け、今に至る。
(事前に種族くらい知っておきたかったんですが……。仕方ありません。力押しです)
夜子は肩にかけたスポーツバッグ――中には彼女愛用武器であるガントレットが収められている――の持ち手を握りしめた。決戦は、おそらく今夜だ。
「繁華街を抜ける……。目的が見えないな……」
鈴切がぽつりと言う。確かにこの先にあるのはもう、オフィスビルばかりだ。
それでも大原は迷いなく進んでいき――やがてひとつの店の前で立ち止まった。彼は慣れた様子で店の扉を開けると、片手を挙げ中に入っていく。
「あれは……。レストラン?」
店先に置かれた黒板には《ビリキナータ》と書かれている。メニューからして、イタリア料理店のようだった。
一階にある大きなテラスが目を引くその店は、気は優しそうだがどこかしょぼくれたところのある大原に似合わない。
晴夏の働く食堂のような、いかにも庶民的な店にいる姿は容易に想像できるのだが――この店で大原が楽しげに食事をする姿は浮かんでこなかった。
なぜ大原はここへ来たのだろう――。
「夜子ちゃん、どうする? 入ろうか?」
鈴切の問いかけに、夜子は髪を一房もてあそびながら考える。中で大原を観察するのもいいが、パッと見たところ店内は狭そうだ。近づきすぎるのも好ましくない。
あまり考えている時間も無い、さて、どうしよう――そう思っていた時だった。
(あれは――)
夜子の視界に、スーツ姿の三人の男女が入る。見覚えのある顔だった。確かあの三人は探偵で、探偵業界の大手《つかさ警備》の社員のはずだ。
「鈴切」
夜子が彼らを顎で指すと、鈴切は「あっ」と驚きを見せる。彼もつかさ警備の探偵に気づいたのだ。
「なんであの人達がこんなところに……? もしかして」
「食事をしにきた、とか言うんじゃないでしょうね。そんなわけないでしょう」
夜子がぴしゃりと言うと、鈴切はへへ、と顔に照れ笑いを浮かべた。
「――仕事ですよ。あの人達も何かの依頼を受けてここに来ているんですね」
じっと向こうの探偵を見ていると、三人のうちのひとりが夜子の視線に気づいた。彼は軽く目を見開くと、すぐに隣にいる二人に何かを耳打ちする。
(探偵がチームを組んでこの場にいる……。つまりはこの近く、もしかしたらあのレストランのなかかもしれませんが……。追っている異形の者がいる、ということですね)
夜子は踵を返した。
「鈴切、この店に入るのはやめておきましょう」
「――『探偵の勘』?」
探偵の勘、それは御守の探偵達が大切にしている感覚で――特に夜子の勘はよく当たった。
「ええ。今は入るべきではない気がします」
承知した、と鈴切は頷く。
「あっちはどうするんでしょう?」
夜子が少しだけ首を振り、つかさ警備の探偵達を見やると、彼らは顔を寄せて話し合いを始めているところだった。
「聞きに行こうか?」
「別にいいです。共同捜査でもないのに、向こうのお仕事について聞くのはマナー違反でしょう」
「そっか。そうだね」
「ええ。――では私達は、交代で大原が出てくるまで見張りましょう。とりあえず私は何か飲み物でも買ってきます。あなたは店の入り口が見える場所で待機していてください」