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人狼の宴/6

「終わったな」

「……会長殿の頼みは聞けなかったな」

「まあなぁ、それはしょーがねーよ。あいつら、戦いを止める気なんてこれっぽっちも無かったし。無理やり捕まえても結局は機関で……、だろうし」

「…………」

「ま、早く決着がついてよかったよ。さすがさすが」

 ひょっこりと火之の大きな背中から顔を出すと、辰巳は満足げにそう口にした。そして火除けの札をポケットに突っ込むと、いまだ熱の残る室内をスタスタと往く。

「おい」

 火之は肩を大きく上下させ――炎術は強力だが、消耗が激しい――、辰巳を呼んだ。

「んー」

 呼ばれた辰巳は生返事をしながら、部屋の隅で横倒しにされているテーブルへと近づいた。戦闘のどさくさで部屋の角に追いやられたのだろうか。火の手を逃れたそれは煤で汚れてはいるが、驚いたことにしっかり形を保っている。

「…………」

テーブルはまるで小さな衝立のように見え、空っぽになった部屋の中で妙に目についた。

辰巳はしばしテーブルを見つめると――ひょいと裏を覗き込んだ。

「――なるほど」

 辰巳は火之に向かって、ちょいちょいと手招きをし、「見なよ」と顎でテーブルを指す。

「なんだ?」

 額からしたたる汗を着物の袖で拭い、火之も部屋の隅へと歩を進めた。

そして、辰巳の指したテーブル裏に目をやり――絶句した。

「お前達……!」


 ――そこには、哀れなほどに顔を青くさせた男女が四人いた。


 彼らは怯えた目で火之と辰巳を交互に見やり、「あ……」と声を上げる。

「…………」

 火之は何かを言おうとしている彼らを無視し、錫杖を目の前に突き出す。そして「ヒッ」と小さな悲鳴を漏らした四人の肩を錫杖で軽く叩き――嘆息した。

「『家族』ってのに人間もいたんだなぁ」

 火之の代わりに言ったのは辰巳だった。

 そう――。錫杖は彼らの体に反応を示さなかった。つまり火之の目に映る体を縮こまらせたこの者達は、正真正銘「人間」なのだ。

「あの炎のなか、よく無事だったもんだ」

 呆れたような、感心したような口ぶりで言うと、辰巳は震える彼らをテーブルから引っ張り出した。彼らは引かれるがまま、フロアの真ん中に立たされる。――抵抗は、一切なかった。

「…………」

 何も無くなったフロアにぼんやりと立つ彼らの中で最初に動いたのは、化粧の濃い中年の女だった。彼女はわっと顔を覆い泣き出すと、「違う違う」と言いながら崩れ落ちた。

 火之はそれを冷めた目で見下ろし――辰巳へと向き直る。こういう時言葉をかけるのは苦手だ。

 辰巳もこれを察したのか、「ああ」と頷き――残された人間を見回し、口を開いた。

「わかっているとは思うが、これからあんたらには場所を変えていろいろ話を聞かせてもらう」

「いろいろ……」

 ぼそりと白髪混じりの気の強そうな男が呟く。男は「何も言うことなんて……」と唇を噛みしめ、悔しそうにうなだれた。

 辰巳はそれを鋭い目で睨み、「はあ?」と吐き捨てる。

「自分達がどんなやつと一緒にテーブルを囲んでいて、何を食っていたのか……。それをわからないとか、知らなかったなんて言うのは通用しないからな」

 辰巳の言葉に、気の強そうな男は「クソッ!」と声を荒げ地団太を踏む。そしてやけくそ気味に頭を掻き毟った。

「俺はあんたらを軽蔑するよ。罰が下ればいい、と思う」

 手元でナイフを弄び言うと、辰巳は蔑むように笑う。

「――私達もあいつらと同じ扱いか」

 これを言ったのは、高そうなスーツを着込んだ、もうひとりの男だった。男の言葉に、火之も辰巳も、ぴくりと反応する。

 言外にどういう意味だ、と火之が男を睨みつければ、男は一瞬怯んだが――すぐに開き直ったように胸を張った。

「私達は確かに意味を知ったうえでこの宴会に参加していた。だが、それだけだ」

「……それだけ、とはどういう意味だ」

 火之が唸るように言う。

「私達はただテーブルに並べられた料理を美味しく頂いていただけだよ。家族の『食材』集めに協力をしたわけじゃあない」

「……何が言いたい?」

 男は「そうだな」と顎をさする。

「飲食店で出された料理に問題があったとしよう。その場合その店に自らの意思で足を運んだからといって、調理に関わっていない客も非難されるのだろうか? 非難に値するのは、食材を提供し、料理を作った側だけでは?」

「自分は『客』だから、この一件に関わりが無いとでもいうのか。そんなの、通用するわけがないだろう。――大体、あんただって『家族』の一員なんだろうが」

 これに男は首を振ると、自身の足元でさめざめと泣く細身の女の背中をさすった。

「そう言うのならそれこそ、蔑みの目で見られる謂れは無い。『家族』経営の店があったとする。一家の大黒柱である父親が店主だ。その店主が問題を起こした時、店の経営に関わっていない子供まで罵倒するのが正しいか?」

「……あんたの例えと、今のあんた達の立場は違うだろう。話がずれている」

「私達はあの人の『子供』でもあるが、『客』でもある。『貴重な食材』を使った料理を食べるためには、あの人の子供になる必要があったからそうしただけだ。――そりゃあね、『家族』のためにいろいろと融通を利かせたりはしたよ。それが『家族』になる条件だったから」

「融通……」

「ああ、そうさ。まあ金の代わりだ。私達はね、たまたまこの店に辿り着いた、どこにでもいる美食家(グルメ)だ。普通の店では食べられないものでも、ここでなら腹の中に収められる」

「……あんたは、異形の者と違って必ず人の血肉が必要なわけじゃない……」

「だから美食家だと言っている」

「……あんたの欲のために、犠牲になった人がいるんだぞ……! それを考えはしないのか……!?」

 男は鼻で小さく笑った。そして――。

「興味があるのは完成された『料理』だ。使われた食材に対して思うのは、育ちや生まれで味が変わるのか、ということだけかな? そこのところ『兄弟』は食材を厳選していたようだし、何より『父』の料理の腕が確かだったからね。――うん。どの食材も満足いくもので、大きな違いは感じられなかったな」

「この野郎……っ!」

 火之はぎり、と歯を食いしばった。同時に、隣で辰巳が大きな溜め息を零す。

「――火之。もう止めな、こいつも混乱してるんだろーよ」

 火之の鍛えられた肩に手を置き、辰巳は「そうじゃなければ狂人だ」と吐いた。

「まぁどちらにせよ、ここで話を聞くのは俺達の仕事じゃない。どうやら下も落ち着いたみたいだし、警察とつかさ警備の奴らを呼んで、さっさとこいつら引き渡そーぜ」

 言ってスマートフォンを取り出すと、辰巳はどこかへ電話をかけ始めた。

「…………」

 火之はそれを横目で見やり、再び四人を見下ろす。――と、細身の女の背を撫でていた男と目が合った。

「……なんだ」

 男は下から舐めるように火之を見上げると、額の角に目を止め、いやらしく口角を持ち上げる。

 そして、くつりと笑いを漏らし言った。


「君も食べたことがあるんじゃあないかね? ――どうだ、忘れられない味だったろう?」


「てめぇ……っ!!」

 瞬間、灼熱の炎のごとき怒りが、火之の体の内から噴出した。血がぐらぐらと煮え、全身が熱くなり、錫杖を握る右手はぶるぶる震えた。

「――ッ!!」

 口を開いてしまえば、これでもかと罵倒の言葉が溢れ出しそうだ。いや、言葉だけならまだいい、なんなら男に噛みついてしまうかもしれない。

「――火之」

 いつの間にか話を終えていた辰巳が、火之の名を静かに呼んだ。

電話をしながら、ふたりのやり取りを聞いていたのだろう。顔は無表情ながらも――しかしそれが恐ろしい――、声には不愉快さが滲んでいる。

「もう聞かなくていいって言ったろ」

 辰巳が言うとほぼ同時に、誰かが階段を上ってくる音が聞こえた。

部屋の入り口にふたりが目をやると、つかさ警備の社章をつけた人間が一礼して中へ入ってくる。

「行こーぜ」

「……ああ」

 そして辰巳は、さっさと階下へ下りていった。

火之もこれに続こうと一歩踏み出すが――くるりと振り返り、へたりこむ四人を見下ろした。

「……被害者は、ただただ憐れだ」

 そして小さく息を吸い、呆れ混じりに吐き出す。

「そして人間社会での約束事を守る気が無かった人狼は、許すことのできない愚か者だ」

 火之の脳裏に室口の姿が浮かぶ。あの日、室口は涙をこらえていた。

「……」

 火之は小さく頭を振る。

「……だが、ある意味で不憫にも思う」

 誰かが身じろぎ、火之の足元に灰が舞う。その灰が元は何だったかは、もうわからない。

「……あいつらは一応、あんたらを守ってたんじゃないか?」

 戦いが始まった時、「逃げろ」と叫んだ者がいた。それは家族全員に向けて言ったのだろうが――特に、力の無い「人間の兄弟」を意識して言ったのではと火之は思う。

「――……」

 火之の怒りに燃える瞳が、四人の煤で汚れた人間らをしっかととらえる。

「あんた達には反吐が出る」

 それだけ言うと、火之は階段へ向かった。今度は振り返りはしなかった。

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