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人狼の宴/3

「いらっしゃいませ――……。あ、あなたは……!」

 扉の開く音に気づき佑介が振り返ると、そこには前に見たことのある男達の顔があった。

「『イトウ』さん、ですよね? 嬉しいなぁ、本当にまた来てくれたんですね!」

 こちらの席へどうぞ、と空いている席を指す佑介に、善知鳥は笑顔――目はまったく笑っていなかったが――を向け断ると、ぐるりと店内を見渡した。

「客は……」

 善知鳥が呟くと、佑介は照れ笑いをし頬を掻いた。

「今日は全然いなくて。実はすごく暇してたんです」

「確かに。いい時間なのに誰もいないなんて不思議だねぇ」

 わざとらしく善知鳥が言うが、これは今夜の作戦のためにつかさ警備が取り計らったからだ。つまり今店内にいる一般人はバイトの青年達だけで、あとは人狼のみ――。

「あ、一応二階に団体さんがいらっしゃいます。けどあの人達はオーナーのお客さんだから……。いつも調理だけじゃなく給仕もオーナーが全部やってて。バイトの俺達は一階だけでいいよって言われてるもんだから手持無沙汰で……」

 佑介が話している最中、二階からドッと笑う声が聞こえてきた。上はかなり盛り上がっているようだ。

「――そう」

 善知鳥は佑介を無視し、ずかずかと店内を進む。善知鳥のうしろで目をぎらつかせている火之も、彼に続いた。

「え、ええっ……!?」

 客の不作法な態度に佑介はとまどい、バイト仲間と顔を見合わせる。佑介と顔を合わせた青年は、自分も何が起こっているのかわからない、といったふうに小首を傾げた。

「あの、『イトウ』さん、どうなさいました? お食事は……」

 佑介に訊かれ、善知鳥はくるりと振り返る。善知鳥の光が差し込まない瞳に、困惑している佑介が映った。

「いらないよ」

「えっ?」

「今日は食事をしに来たわけじゃない」

「はぁ? な、なんですか、冷やかしですか?」

「いいや」

 善知鳥は顔を前に戻すと、二階へと繋がる階段をじっと見つめ言った。


「――二階に用事がある」


 善知鳥はスーツのポケットからビー玉のようなものを取り出し――これを地面に叩きつけた。

「うあっ!」

 その瞬間、佑介の目の前が白一色に染まる。視界を奪われ、佑介は反射的に顔を手で覆い背を丸めた。

「――っ!?」

 何が起こったのか――と混乱している佑介の脇を、ヒュッと風が掠めた。誰かが走り抜けていったのだ。

「どうした!?」

 厨房から園田の慌てた声が聞こえた。白むまなこを声のするほうに向け、佑介はイトウのことを話そうと口を開いた。

「その、ださん……!」

 ――その時、二階から驚きと怒りの声が上がったのを佑介は聞いた。


◇◆◇


 火之が個室を仕切っているアコーディオンカーテンを乱暴に引く。すると目に飛び込んできたのは、十人の男女がテーブルを囲んでいる姿だった。

「な、なんだ!?」

 彼らは突然の乱入者に目を白黒させ立ち上がろうとしたが――「動くな!!」という火之の声に体をこわばらせた。

 火之は錫杖を構え、一歩前へと踏み出す――と。

(来たか)

 遅れて突入した辰巳と鈴切が、二階へ上がってきたのが気配でわかる。火之はふたりが自分の背中にいるのを感じ、声を張り上げた。

「我々は探偵だ! ここでお前達が良からぬことをしているのではという情報を得た!話を聞かせてもらお――!?」

 火之が中にいる人々を警戒しながら話していたその時、言葉を遮るように太い雄叫びが上がった。

「お前達! 逃げろ!」

 雄叫びを上げた男は体を震わせ言うと、火之に向かって勢いよく突進してくる。

「ぐっ――!!」

 火之は男の巨躯を錫杖で受け止め――数秒押し合うと、渾身の力を以って跳ね返した。

 ――その時だ。錫杖から、パチリと光が弾けた。

「あんた、人狼だな」

 火之の鋭いまなこが男をとらえる。

「……っ」

錫杖が触れた男の腕からは、ぽろぽろと皮膚が剥がれ落ち――隙間から銀の毛並が覗いている。

「話も終わってないのに攻撃してくるってことは、俺達とやり合う気があるってことでいーんだろ?」

 言いながら現れたのは、辰巳だった。

「逃がさねーよ」

辰巳は、本性を現した男の背後で隙をうかがっている若い男に向けナイフを投げると、そう冷たく言い放つ。

「あっ……!?」

 ギリギリのところでナイフを避けた若い男は、辰巳の顔を見るとこれでもかと目を見開き――辰巳の名前を呟いた。

「お、お前……!」

「どーも、今日は定時上がりだったんだな」

男のことは辰巳もよく知っている。なんせそれなりの日数を男の隣人として過ごしていたのだから。


「――ま、窓よ!」


 男達が醸し出す剣呑な空気を切り裂いたのは、女の悲鳴に似た声だった。その声に室内の者は一斉に窓に目をやれば――ちょうど女が足にまとわりつくスカートを蹴りあげながら、窓へと駆け寄ったところだった。

「えっ――!?」

 窓の鍵を開けようと、女がつまみに手を伸ばした時だ。外に鈍い銀の光を放つ籠手が見えた。

(なんでこんなところに手がっ……!?)

 女がそう思った瞬間。

銀の手は大きな音を立てて窓ガラスを突き破り――女の首を片手で掴んだ。

「ぐっ……う……、だ……誰……!?」

 女は声を絞り出し訊くが、窓からの乱入者はそれには答えず、手の力を強めた。

すると銀色のガントレットから紫電が放たれ――。

「あうっ!!」

――女の顔が、どろりと溶ける。

 ガントレットの持ち主はそれを見てポイと女を部屋の中に放ると、窓枠に残ったガラスを手で払う。

 そして軽やかな動きで室内に入りこむと、自分が投げた女を見やった。

「こ、このっ……!」

部屋に放られた女の顔は怒りに燃えている。

「小娘が……!! 私にこんな仕打ち……! 許さないわよ! あんたの髪を引っこ抜いて、ぐちゃくちゃの目も当てられない姿にしてやろうか!?」

口汚く少女を罵るその顔は、先程とまったく違う。これが彼女――異形の者――の本性なのだろう。

「夜子!」

 火之に呼ばれ、ガントレットの少女――夜子はわかっています、と頷く。そして凛と背筋を伸ばし、口を開いた。

「あなた達は囲まれています。ここから簡単に逃げることはできません。私達と対話する気があるのなら、大人しくしてください。もしその気が無いのなら――」

 夜子が一歩前に出る。踏みつけられたガラス片が、ジャリ、と音を立てる。

「――あなた達をこの場で排除します」

 言って、夜子は両拳を打ちつけガントレットを鳴らした。


 この音を合図に、異形の者らは憤激の雄叫びを上げ――探偵達に飛びかかった。

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