人狼の宴/1
蛍光灯の白い光が、会議室に揃った面々の神妙な顔を照らす。
「それじゃあ最終確認といこうか」
善知鳥が言うと、資料として渡された紙束をめくる音が一斉に響いた。
「まず人狼のレストラン――いや、人狼が『乗っ取った』レストラン、ビリキナータに突入するのは、僕、火之君、御守君」
善知鳥がふたりに目を寄越すと、火之と夜子が小さく頷く。
「店の正面から入るのは僕と火之君。御守君は中からの合図を確認次第、二階の窓から直接店内に突入。二階は『宴』のさなかだろうからね。下の騒ぎに気づいて窓から逃げようって輩を押さえてくれ」
「はい」
夜子が応えると、善知鳥は頷き、今度は火之に目をやる。
「火之君は僕と一緒に店内に入ったら、僕の合図で二階へ向かってくれ。一階は僕が担当するから」
「二階の人狼はおれと夜子に任せる、ということだな」
「ああ。一匹も残らず排除してくれ」
善知鳥の言葉に、火之はわずかに眉を寄せる。そして「会長殿から言われているのは……」とぽつりと言った。
善知鳥はふ、と鼻で笑うと「そうだね」と資料をパラパラめくる。
「会長からは人狼の集団を拘束するよう言われているね」
「ならば……」
「でもねぇ。『場合によっては即排除』、とも言っていただろう? ――僕はね、結局みぃんな排除することになると思ってるんだよね」
「…………」
火之が眉間に深く皺を刻んだのと同時に、夜子は大きく嘆息した。火之はもしかしたら、このなかで一番人道的で情に厚い。そんな彼をわざとつついて不機嫌にさせるのが楽しい理由を、夜子は理解できなかった。
これから大捕り物をしようというのに、善知鳥はいつもとまるで変わらない。ある意味で大物だ。
(もしかしたら、火之さんをリラックスさせようと思ってからかったんでしょうか? ――いや、無いですね。自分の楽しみで言っているだけでしょう)
善知鳥は火之の苦々しい表情に満足したのか、目元をわずかに緩める――が、すぐにいつもと同じ考えの読めない顔を作り、自らの部下、羽田と葵を見やった。
「君達ふたりは、いつも通り僕のサポート。火之君達への合図後、すぐに店に突入だ」
ふたりが了承の言葉を述べる。
善知鳥はこれには返事をせず、夜子の隣で体を縮こまらせて座っている大男と、火之の隣で頬杖をついている優男を順に見やった。
「鈴切君と辰巳君、君達も。僕の合図後突入してくれ。ただし君達はすぐに二階へ向かって走ること。御守君と火之君の援護を頼む」
鈴切が小さな声、辰巳が間延びした声とそれぞれ種類の違った返事をすると、善知鳥は話を続けた。
「二階へ上がったら、鈴切君は御守君につくのがいいだろう。君も彼女のサポートは慣れているだろうし」
「は、はい」
「辰巳君は……。《助手》として有能だから、どんな《探偵》にもそれなりに合わせられるでしょう? 火之君の仕事を手伝ってあげてよ」
「んー、それは構わないんですけどねぇ。――もしかして俺、馬鹿にされてる?」
辰巳が薄ら笑いを浮かべて言う。彼の経歴のことは業界内では有名だ。善知鳥はもちろん、この場にいる全員が知っている。
「そんなそんな」
見え透いた愛想笑いをし、善知鳥は「《助手》としての君に多大な信頼を置いているということさ」と口先だけで言う。
「ふーん。まあいいや、火之のサポートね、りょーかい」
辰巳が肩を竦めて言う――と、今まで黙っていたひとりがだるそうに手を挙げた。
「――琴浦君。なんだい?」
善知鳥に呼ばれ、琴浦は「どうも」と短く言い腰を上げる。そして机に手をついたまま、口を開いた。
「えーっと、俺からも少し。――俺は戦闘では参加せず、外でつかさ警備さんの別チームと待機してるわけなんだけど、そこで警察とのパイプ役を務めることになっている。この事件は警察も気にしてるんだ。彼らは戦闘では力になることはできないが……。作戦開始後、民間人に危害が及ばないよう協力をしてくれる」
琴浦は口角をわずかに持ち上げると、ぐるりと全員を見回した。
「できりゃビリキナータの入っているビルで全部を済ませるのが一番。だけど、奴らは群れを成している。今日までに少しずつ数を減らしてはきたが、もしかしたら『食事会』に遅れて参加する輩や、家族の危機をどうにかして察知して駆けつけてくる奴もいるかもしれない」
琴浦はホワイトボードに貼ってある、ビリキナータの入居しているビルの外観写真を指差した。
「店内はもちろん、ビル自体も手狭だからな。状況次第ではビルの外に出てやり合う必要もあるだろう。そうなりゃ気になるのは外にいる民間人だが――」
「彼らのことは警察に任せ、気にせず戦っていい――ということですね?」
夜子が言葉を引き継ぐと、琴浦はうんと頷いた。
「善知鳥さんのところも警察も全力でお前らを手助けしてくれるんだ。――お前らはお前らの仕事を果たせよ」
――ピリ、と空気が張りつめる。
人狼の家族。彼らの暗躍により、どれだけの人間が犠牲になったのか。人狼による狂乱の宴が開かれている影で、変わってしまった友や帰ってこない家族を想い涙した人間が何人いるのか。
――終わらせなければ。それが《探偵》の役目だ。
「良いところを琴浦君に持っていかれたね」
善知鳥は息を漏らしながら笑み、
「でも、その通りだ」
目をキュウと細めた。彼の台詞に、その場にいる全員が頷く。
「思い上がった人狼には躾が必要だろう」
言って善知鳥は、にんまりと黒い笑みを浮かべた。




