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レストラン/6

「おかえり」

 席に戻ると、テーブルにはデザートのティラミスが用意されていた。善知鳥はそれには手をつけずコーヒーを飲んでいた。もしかすると、夜子が戻ってくるのを待っていたのかもしれない。一方火之はというと――デザートはすでに平らげてしまったようで、彼の前の皿は空になっていた。

「なにか店員に話しかけられていたね?」

 何があったと言いたげな目線を、善知鳥は夜子にぶつけた。

「別に」

 言って夜子はイスに腰掛け、デザートスプーンを手にした。

「たいしたことじゃありません。二階は使ってませんがどうしました、と言われました。適当に返しましたが、怪しまれた様子はありません」

 ティラミスをぱくりと口に入れると、ちょうどいいほろ苦さと甘さが、口の中に広がっていく。

「ならいいけど」

 夜子から目を外すと、善知鳥も続いてティラミスを食べ始める。やはり夜子を待っていたのだ。

「気になるところはあったか?」

 皿の空いている火之が、暇そうにしながら夜子に尋ねる。

「いくつか。ここを出てから話します。あと間取りも頭に入れたので、それも一緒にお伝えしますね」

「よろしく。店を出たら一度全員で会社に戻ろう。仕上げに向けて詰めていかないとね」

 頷き、夜子はスプーンを置いた。空になった皿を見つめながら、頭の中でさっき二階で目にしたものをまとめる。

「――何を考えている?」

 顔を上げると、眉根を寄せた火之と目が合う。

「何も」

 夜子が短く答えると、火之は何か言いたげに口を開いたが――結局言わずに噤んだ。

(だって火之さんが気にするようなことは、何も考えていませんし)

 火之が今、何やら自分を気にかけてくれたのだということはよくわかる。なんせ子供の頃からの付き合いなのだ。多分無鉄砲と揶揄されることもある、自身の仕事への姿勢を気にしているのだろうと、夜子はぼんやり思う。

(でも、大丈夫なんです。私が失敗することはありません。――御守の名を背負っているんですから。先生は私を、そんな子に育てていません)


 会計をしている善知鳥を店の外で待ちながら、夜子は改めてビリキナータの入っているビルを眺めた。

「そろそろ大詰めだな」

 隣にいる火之を見上げると、彼は真面目な表情で店内を眺めていた。テラスから見える店内では、楽しそうに騒ぐ客と、忙しそうだが笑顔の店員達が、温かな明かりに照らされていた。

「はい」

「……いつも言っているが……、気をつけろよ」

「はあ? あのですね、私が何年この仕事をやってると――」

 呆れながら夜子が言う。――が、その言葉は火之によって遮られる。

「おまえを侮って言っているわけじゃないからな」

 火之は夜子の顔を見ずに言った。――その声は真剣だ。

「……はい」


 夜子は火之から目を逸らすと、自分の身を包む制服の裾を握った。

 この制服はデザインこそ通っている高校のものと同じだが、実は『異形の者と戦うこと』を想定して作られた特別製だ。素材も作り方も、何から何まで普通の服とは違う。使用者の能力を上げ、使用者の身を守る――探偵《御守夜子》の生命線だ。


 これがなければ、『ただの人間』は探偵と言えど排除がままならない。

 これがなければ、『ただの人間』は異形のたった一撃で地に伏してしまう。


 道間のように頑丈な体を持っていれば、また違ったのだろうが――――。あいにく夜子の体は、普通の娘となんら変わりない。装備と武器で身を固めなければ、異形の者に立ち向かうには心許ないのだ。

(それでも私はやるだけです。足りないところを道具で補うのは、現代の探偵ならば当然のこと。私は私のやり方で、先生のために力を奮える――)

 思っていた以上に深いところで、根が繋がっていた今回の事件――――。すでに多くの人が関わり、かなりの手間をかけている。きっとすんなりとは解決しないだろうし、円満な結末を迎えることも無いだろう。心身ともに苦しい思いをするだろう。

 ――それでも夜子の生きる世界はここだ。

 夜子の生きがいがここに身を置くかぎり、人と異形の狭間、血の匂いが漂うこの世界で戦う。どんなに危険だろうと、それが彼女の選んだ生き方だった。

「失敗はしません……」

 ぽつりと夜子が呟くと、何か言ったかと火之が首を傾げる。

「独り言です」

 夜子の言葉に、火之は納得いかないふうに口を尖らせた――が、会計を終えた善知鳥が店から出てきたため、このやり取りはうやむやに終わった。

「――二人ともお待たせ。横断歩道を渡ったところに車を待たせてある。行こうか」

 そう言って善知鳥は、ゆらりと先を行き始めた。二人もそれぞれ返事をすると、善知鳥のあとについて歩き出す。

「そうそう。辰巳君もこのあと合流するそうだ」

「そういえば張り込みは今日までだったか」

「うん。――会社に着いたら、今日わかったことと、彼の見解を聞いて作戦を立てていこう。御守君もそれでいいね?」

「はい」

 夜子がこくりと頷くと、自身の細く薄い手を見た。次にこの場所に来る時――その時、夜子の手にはガントレットがある。

 他人からは正義感にも見える身勝手のもと、彼女が拳を振るう日は近い。

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