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レストラン/5

 レストランに入り、バイトの青年に案内されたのは、窓際にある景色の良い席だった。テーブルの上には小さなキャンドルと一輪挿しが置いてある。活けられているのは赤いバラ。他のテーブルには無い。予約席だけに飾っているのだろう。

 暖色のランプが照らす店内は、小洒落ているが気取ったふうではなく。憧れの親戚の家に招待された時のように、温かく歓迎されている空気を感じる。

「さて――」

 バイトの青年――名札にはMINAMIと印字されていた――が下がり、一番最初に口を開いたのは善知鳥だった。

「やらなければいけないことはもちろんあるけども、素直に食事を楽しもうか。変に意識しすぎるのもよくない。フラットな、ひとりの客として違和感を覚えるところが無いか見てみよう」

 善知鳥はテーブルの上で優雅に指を組むと、ニィと笑った。唇の隙間からは、不揃いな歯が覗いている。

「今日は機嫌がいいんだな? 『イトウ』殿?」

 火之が怪訝そうに片眉を上げる。

「まあねぇ。ずっと追っていた件の真相に、ようやく肉迫してきたからね。確かに嬉しいのかもしれないな。『キノ』君は違うのかい?」

「あんたの機嫌がいい時は、ろくでもないことが起こっているってのと同義だからな。素直に嬉しいとは思えん」

「おやまぁ。そう思われていたのか」

「……わかっているくせに、この人は……」

 火之が嘆息すると、善知鳥は目を弓なりにさせ笑う。――と、同時に、先程のバイトが飲み物を手に戻ってきた。

 三人の探偵達は、それぞれ目の前に置かれたグラスを手に取ると、それを軽く掲げた。

「それでは実りある食事会にしよう。――乾杯」

 グラスが軽くぶつかり、三人の間に清い音が広がった。


「そういえば、善知鳥さん」

「ん?」

「善知鳥さんが持ち込み食材に魚を選んだのは、一応配慮してってことですか?」

 コース料理のメインを食べ終えたあと、夜子がふと思い出したように善知鳥に訊く。善知鳥が持ち込んだ鯛は二尾あり、大きいほうがメインのアクアパッツァに、小さいほうはカルパッチョになって出されていた。

「ま、ね。君達ならここで肉を食べられる図太さはあるだろうし、肉でも良かったんだけど。八重君が魚にしておきましょうって」

「火之さんはともかく、私も図太いと思われてるんですか。心外です」

「……おれはともかくって……。あのなぁ……」

 火之はもの言いたげな目で夜子見るが、当の本人は「間違ってましたか?」と顔色も変えずに言ってのける。そしてふいと厨房のほうに目をやり、すぅっと目を細めた。

 ――ビリキナータで行われている『異形の者の会食』。

ここで出される料理は、本当に話通り人肉なのだろうか。

(でも言われてみれば、料理をする異形の者がいる、というのはあり得る話ですね)

 もともと異形の者というのは個体差が大きく、人を舐める程度にしか口にしない者もいれば、血の滴る生肉に齧りつくことを至上の喜びとする者もいる。

なかには骨だけ、内臓だけ、とこだわりを持って特定部位を食す者がいるくらいなのだから――『調理』して人間の味を楽しむ《美食家》がいたっておかしくはない。

 そして今回、その美食家である異形の者は、夜子が遭遇した異形と火之の話からして『人狼の一家』であると思われる。

 狼達は狩った獲物をこの店で、文字通り美味しくいただいているというのだろうか。

(――どちらが狩人なのか……。教えてあげなければいけませんね)

 厨房からは時折、コックコート姿の中年男性が、バイトに指示を出すために顔を出している。あれがここのオーナーシェフである、園田豊なのだろう。

(ここの料理人は、この園田という男だけ。つまり『会食』の料理もこの男が作っている可能性が高い。けれども料理人志望のバイトも時々キッチンに入って手伝うことがあると、つかさ警備の報告にはありました。ホールに入っているバイトだって、この店の従業員である以上、シロとは言い切れません。――さて、『獲物』は何人いるんでしょう?)

 ちらりと目だけを動かし店内を見ると、バイトの南と目が合った。柔らかく愛想笑いをする彼に、夜子も微笑を返す。感じのいい男だが……、この男は『どちら』なのだろうか。

「善知鳥さん、火之さん」

 夜子は学生鞄から小さなポーチを取り出すと、席を立った。

「私、ちょっとお手洗いに行ってきます」

 言われた善知鳥と火之は、合点がいったというふうに頷く。

「では――」

 ポーチを手にした夜子は、ウエイターの動きを見ながら素早く店の奥へと進んでいく。

一階のこのフロアは、厨房以外は目で見て把握した。次はテーブルについているだけではわからない、奥にある階段――その先にあるものを調べなければ。

「――――……」

 狭く急な階段をゆっくりと上る。

上りきると、二階は一階と違い真っ暗闇が広がっていた。ここに来てから一人も二階に案内されていなかったから、今日は二階を使う予定は無いのだろう。

 夜子は少しのあいだ息を潜め――二階に人の気配が無いことを確認すると、ポーチから白い手袋を取り出した。そして手袋をはめると、階段脇にあるスイッチを押した。

 パチン――と音がしたのち、二階に明かりが灯る。

(あれは……)

 明かりがついてすぐ目についたのは、廊下の奥にある扉だった。扉には「STAFF ONLY」というプレートが下げられている。一階にはそれらしきスペースが見当たらなかったことから、おそらくここが従業員の休憩室なのだろう。

 夜子は扉にそっと耳を寄せ、中に誰かいるかを確かめる。そして問題なさそうだと判断すると、ゆっくりドアのノブを回した。ドアに鍵はかかっておらず、ノブはすんなりと回った。

 音を立てないようにドアを開け、そっと室内を覗く。

中に見えるのは従業員用のロッカーとテーブル。奥には試着室のような、カーテンで仕切られた場所もある。更衣室に使っているのだろう。

 さらに部屋の隅には、衝立で隠されている空間もあった。あそこに何があるのかはわからない。――が、明らかに共用スペースではない。ということは、オーナーの園田のための場所なのかもしれない。

(じっくり調べたほうがいいでしょうか……。でも……)

 立ち入り禁止のこの部屋に、あまり長くはいられない。もし従業員と鉢合わせでもすれば、言い訳をするのが面倒だ。

(間取りを調べるほうが先ですね)

 夜子は入った時と同じように、ゆっくりドアを閉めると、再び廊下に出た。

「…………」

 階下に耳を澄ませてみるが、誰も上がってくる様子は無い。このまま捜査を続けても、もうしばらくは大丈夫そうだ。

 夜子はぐるりと辺りを見渡した。見渡すといっても二階はとても狭く、従業員室を除けば、ほんの数テーブルの客席があるだけだ。

 二階の客席は、テーブル数が少ないことを除けば、ほぼ一階の客席と同じに見えた。

ただひとつ違うところを挙げるとするならば、壁脇にアコーディオンカーテンがある点だろうか。

あれを使えば、廊下と客席を区切ることができそうだ。人目を気にして食事をとる時、に使えば、疑似的な個室を作れる。

(……もし会食を開くなら、ここを使っていたんじゃないでしょうか)

 そう思って客席に近づいて見てみるが、やはり席自体は一階にあるものとなんら変わりはない。当たり前と言えば当たり前だが。

(ま、問題は使用している『物』ではなくて、使用している『人』なんですけど)

 とはいえここで噂の会食が開かれているのだから、何かがあるはず――。

「これは……」

注意深く二階席を回っていると、ある物に目が行く。

(配膳用のエレベーターでしょうか……)

 部屋の隅には、飲食店でよく見る小型のエレベーターがあった。位置からするとエレベーターの真下はおそらく厨房だ。なるほど、これを使えばできあがった料理を厨房から直接、この部屋に運ぶことができそうだ。

(ただの想像でしかありませんが……。会食とやらの時はこれがあれば、まだ人間である従業員にばれずに料理を出せそうです)

 夜子はじっとエレベーターを見つめた。そして頭の中で、会食の光景を思い浮かべてみた。


人間に成り代わった異形の者――人狼が、わくわくと弾んだ表情をして集まっているのが見える。

彼らは個室となった二階客席に集まり、今か今かとテーブルに料理が並べられるのを待っている。

そして待ち望んだ特別な料理が、そこのエレベーターから現れると、彼らは待ってましたと歓声を上げ、絶品料理に舌鼓を打つ。

今夜の『肉』は最高だと笑いあいながら。


「…………」

 夜子はふるふると頭を振った。

(……早く解決しないと)

 そう思うのは怒りからではない。

 夜子の胸に、義憤などという立派な思いは無い。ただ、人間と共に暮らすために人間が敷いたルールを、必死で守る異形の者がいるのを知っているから。人間との共生を望まず――いや、人間をただの食糧としかみなさない異形の者は、放置できない。

 人に成り代わりルールを蔑ろにする者の本性を暴き、反省が見られない場合は排除をする――。要は《探偵業》に邁進するということは、社会の秩序を守るというのと同じことであり、夜子のすべてである養父――先生の期待に応えるということでもあった。


 夜子の行動原理は、この『養父の期待に応える』ことに集約されている。


 それを以って動くことは、正義感や使命感に燃えているとは言わないだろう。これはただの個人的な都合、小娘の身勝手なわがままだ。

 しかしそのわがままも夜子の生真面目な性格と結びつくと、『優秀な探偵』という結果を残してしまうのだからおかしな話だ。


(さて、あとは――)

 テーブルから離れ、夜子はこの部屋唯一の窓へと近寄った。

 この窓は小さいわけではないが、景色を楽しめるほど立派なものではない。店に入る前に建物全体を確認したため、窓の外を見ても特に新しい情報は得られなさそうだが――念の為、鍵を開け外を覗いてみる。

(気になるところはないですね)

 やはり外から見たのと同じで、そこには貧相な窓手すりがあるだけだった。

(もし外から入るとしたら……。この手すりを足場にしてって感じになりそうですね。そんなに大きくないから、男の人はここから入るのは厳しそうですけど、私ならなんとかなる……かな? 奇襲に使えるかもしれない。あとで善知鳥さんに話しておきますか)


 知りたいことは大体調べた。そろそろ下に戻ろうと、窓を閉めようとした時だった。

「――――……!」

 フッと外から、風が入ってくる。その風は肉と香辛料の香ばしく食欲を誘う香りを乗せていて――。

「…………」

 夜子はその匂いに、物悲しい思いを抱いた。

 異形の者は、基本的に成り代わった人物の生活を踏襲する。それはそうすることで探偵の目を欺きながら、『新たな食材』を得やすくするためなのだが……。

(お客さんのために美味しい料理を出し続ける……。その行動は、成り代わられる前も今も変わらないでしょうに……)

 それを出す『中の人間』が違うだけで、こうも虚しいものなのか。

「…………」

 黙って鍵を閉めると、夜子は電灯を消し、手袋を外した。そして一階の明かりと喧騒に向かって、階段を下りていった。

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