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レストラン/1

 繁華街を抜けた先にある長い坂――。それを上っていくと、温かいランプの灯った小さなレストランが見えてくる。

 店の名は『ビリキナータ』。創作イタリアンを主に提供する、こじんまりとした店だ。

客に出される料理は、都内有名店で修業したオーナーシェフが作るもので、味はどれも絶品。また、アットホームな雰囲気も受けがよく、隠れた名店として料理通に知られている。


 ビリキナータはほんの少しだけ特別な日、大切な人とちょっとだけ美味しい料理を食べたい日にうってつけな店だった。


 だがビリキナータが評判になったのは、それだけが理由ではない。

 良い店ではある。

けれども駅から遠く、立地がいいとは決して言えないこの店が愛され続けている一番の理由――――。

 それは客の持ち込んできた食材を、客好みの味付けで調理し提供してくれるところにあった。

 例えば趣味の釣りで釣ってきた魚。または贈答品の高級肉。つまり自宅で食べてしまうにはもったいなかったり、調理が面倒だったりする、素人の手に余る食材。

 そんな食材を、プロが自分のためだけに料理して振る舞ってくれる――。これがじわじわと評判になり、ビリキナータは騒がしい街の片隅で、ひっそりと繁盛していった。


 これはそのビリキナータでウエイターをしている大学生――南佑介と、彼が出会ったとある客についての話だ。


◇◆◇


 平日の夜。予約の時間きっかりに、その人物は現れた。

「――ん?」

 客の帰ったテーブルを片づけている時だった。店内の喧騒に紛れ、ギィという扉の軋み開く音が佑介の耳に届いた。

 反射的に入口に目をやると、チノパンにテーラードジャケットを合わせた、細身の男が立っていた。

「いらっしゃいませ」

 声をかけると、男は佑介の存在に気がついた。

「七時に予約をしていた『イトウ』だが」

 そっけなくそれだけ言うと、男は店内をぐるりと見渡す。

 佑介はレジ後ろの壁時計を確認し――笑顔を作るとイトウに向かって駆け寄った。

「イトウ様ですね、承ってます。こちらへどうぞ」

 確かこのイトウという人物は、本日唯一の『持ち込み食材有り』の客だ。就業前のミーティングでは、この客に出すコースについてオーナーシェフの園田から話があった。

 持ち込み食材の客の料理を、他の客に出すという間違いは絶対に許されない。

 それもあって佑介は、この『イトウ』という客のことを今日一番気にしていた。

「お席にご案内します。こちらへどうぞ」

 佑介が言うと、男は小さく頷き「さ、入って」と外に向かって声をかける。連れはまだ店の外で待っていたのだ。

「へえ……。こんな趣味のいいお店をイトウさんが知っているなんて、なんだか意外ですね」

 客のことを詮索するのは失礼極まりない――そうは思うが、男のあとに続いて入ってきた人物は、イトウという中年男と何の接点もなさそうな顔ぶれだった。

(……変な組み合わせ)

 ひとりは、まだ中学生か高校生といった若い少女。不機嫌そうな顔をしているが、「おっ」と目を引く美少女だ。

 もうひとりは、がっしりとした体格で悪人面の青年。青年は額の目立つところに角が生えている。《異形の者》の血を引いているのだろう。

「こちらです」

 佑介がテーブルセッティングの済んだ席へ三人を案内すると、イトウは佑介の前に出て、自然な動作でイスのひとつを引いた。

 そして「どうぞ、コモリ君」と少女に向かって言うと、試すようにニタリと笑った。

 コモリと呼ばれた少女は下がり気味の眉をギュッと寄せ、

「………………ありがとうございます、イトウさん」 と言って座った。一応笑顔だが、口角は引きつっている。

「なに。これくらいお安い御用さ、『お嬢さん』」

 言ってイトウは、荷物入れにセカンドバッグをしまい、自分も席に着く。

「もう……。さっきからなんですか、本当に」

 コモリは煙たそうに顔を顰めるが――小さく息を吐くと、気持ちを切り替えたのか入ってきた時と同じ澄まし顔を作った。

 そしてそんな二人の様子を見ていた青年はというと。

「イトウ殿もヨウコも、いつも楽しそうで何よりだ」

 楽しそうにくっくと喉を鳴らし、どかりと最後のイスに座った。

「楽しいのはイトウさんだけだと思いますけど。――でも、今日誘ってもらえたのは嬉しいです。美味しいものを食べるのは好きですから。ええっと、鯛料理でしたっけ」

「そ、立派な鯛を頂いたものだからね。ひとりで食べるのももったいないだろう? ――君、今日のメニューは」

 イトウに訊かれ、佑介はテーブルの上に置いてあるメニュー表を指す。

「こちらです」

 メニュー表に目を落とすと、イトウは「いいね」と独りごちる。それからテキパキと飲み物のオーダーを済ませると、改めて店内を見回した。

「ネットで見た時も思ったけど、雰囲気がいいねぇ」

「ありがとうございます。料理もですが、店の内装もオーナーシェフがこだわって決めてるんですよ」

「ふうん。君はここで働いて長いのかい?」

「いえ……。まだ三ヶ月程ですね」

「そう」

「あの、皆様はええと……。ご友人同士……ですか?」

「あはは。違う違う。どう見ても友達には見えないだろう? 気を使ってくれたのかな?」

 言ってイトウはわざとらしく口先だけで笑う。だが気分を害したわけではないようで、すぐに「仕事でちょっとね」と首を傾けた。

「お仕事……、ですか」

「ああ。そこの彼にはよく僕の仕事を手伝ってもらっているし、そちらのお嬢さんのお父上にも、たびたび世話になっている。今日は仕事で付き合いのある人達を誘ったんだが……。都合がついたのがこの二人だけでね。――変な組み合わせだろう?」

「い、いえ。そんなことは」

 佑介の心臓がどきりと跳ねる。さっき不思議に思っていたのが、うっかり顔に出てしまっていたのだろうか。

「冗談だよ」

「イトウさんに人望が無いから。暇な学生と、お人よしなキノさんくらいしか来てくれないんですよ。それで変に思われたなら自業自得ですね」

 そう言って髪を耳に掛けるコモリの物言いはツンとしているが、目は楽しそうに細められている。

「おや、ご挨拶だね」

「さっきの仕返しだろう? なあ、ヨウコ」

 キノと呼ばれていた青年がそう言ってコモリを横目で見やると、和やかな笑いが三人のあいだで起こる。

 おかしな三人組ではあるが、仲は良いのだろう。

 佑介は一礼すると、彼らのテーブルを離れた。乾杯のドリンクを用意しなければ。

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