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プロローグ/1

 甲高い笑い声を上げながら、子供達がするりと晴夏のうしろを駆け抜けていく。なんとなしに振り返ってみれば、上品な若奥様の集団が「危ないわよ」などと言いながらも、のんびりと子供達を追って歩いていた。

「――ふぅ」

 ごくごく普通の――ともすれば貧しいとも言える――家庭で生まれ育った晴夏にとって、この街は少々居心地が悪かった。

 ターミナル駅から程近い、閑静な高級住宅街。道を行く人々は皆、芸能人なのかと思うほどに洗練されていて、量販店の服で固めた自らの姿が酷くみすぼらしく思える。

(って、そんなこと気にしてる場合じゃないない。もう約束の時間だわ――)

 晴夏は目の前に建つビルを見上げた。

 ビル壁には《御守探偵事務所》と銘された金属板が埋められている。年季は入っているが、古めかしいというよりもレトロという言葉が似合うビルだ。

「――――……」

 緊張のせいでドキドキとうるさい胸を片手で押さえながら、ステンドグラスの嵌められた扉を引く。意外にも扉は軋むことなく、するりと開いた。

 中に入ってみると、ダークブラウンの木柱が目を引く、豪奢なエントランスホールが広がっていた。大正ロマン風というのだろうか。晴夏はこの手のことに詳しくないため、よくはわからなかったが、ちょっとした美術館のようなイメージを持った。

(これ……。電話かければいいのかな?)

 ホールの隅には木製の電話台があり――これもまた派手ではないが細かな装飾が施されており、選んだ者のセンスがうかがえる――、その上にはこの場の雰囲気にはそぐわない、現代的な電話が置かれていた。

 電話の端にはメモ書きが置かれており、そこには『ご来客の方はこちらにお電話ください』と内線番号が書かれている。

(三時に予約していた興津です……、三時に予約していた興津です……)

 心のなかで電話が繋がった時に言うことを呟きながら、受話器を取り内線番号を押す。――と。

「はい。御守探偵事務所です」

 電話はワンコールで繋がった。受話器から聞こえてきたのは、若い女性の澄んだ声だった。

「あ、あのっ……! 三時に予約していた興津です……!」

 ついにこの時が来てしまった――そう思いながら名を告げると、電話先の女性は「ああ」と呟き、

「少々お待ちください。すぐ向かいます」

 と短く言って電話を切った。

 彼女はなんだかあっさりしていて、逆に晴夏の緊張は増していく。そして彼女の言った通りすぐにエントランスホール奥の扉がガチャリと開いた。

「お待ちしていました、興津さん。応接室にご案内します」

 扉を開けた人物を目にした瞬間、晴夏の張りつめていた神経が、へにゃりと緩む。

(えっ……? こ、子供……?)

 どうぞこちらへ、と晴夏を呼ぶ声は、さっき電話で聞いたものと同じだ。だから彼女は、間違いなくこの探偵事務所の所員なのだろう。――が、彼女は晴夏の想像以上に若かった。

 顔の若々しさもそうだが、何より彼女は、この住宅街近くにある中高一貫校の高等部の制服を着ていた。晴夏も知っているくらい有名な学校で、何度か街で見かけたこともある制服だ。

 紛れもなく高校生――。なぜ女子高生が探偵事務所に?という疑問を頭に浮かべながら呆けていると、彼女は藍がかった黒髪をさらりと揺らし、小首を傾げた。

 意志の強そうなきりりとした瞳に見据えられ、晴夏はハッとする。

「すみません……!」

 謝りながら彼女に駆け寄ると、彼女は下がり気味の眉をさらに下げながら「いえ」と笑った。

「応接室はこちらです」

 彼女に着いて廊下を進む。花が活けられていたり、壁に絵がかけられていたり――本当に美術館のようだ。

 少女は廊下の一番奥の部屋の扉を開けると、「どうぞ」と晴夏に入るよう促してきた。

「どうも……」

 扉を押さえる少女に目礼し、部屋に入る。部屋のなかはこれまた立派な応接室で――「そちらにおかけください」と少女に指されたソファに座ると、一度ほぐれた緊張が再び高まってくるのを感じた。

 晴夏が腰掛けたのを確認すると、少女は晴夏をひとり部屋のなかに残し扉を閉めてしまった。

 革張りだがふかふかしたソファに沈みながら、晴夏はこれから自分が言わなければならないことを脳内で復唱する。

(ああ……。そんなくだらないこと気にするな、とか言われたらどうしよう……)

 慣れない場所にひとり残され、晴夏は今にも逃げ出したくなった。――だが、ここで逃げ帰ってしまえば、探偵に相談しようと決意した数日前の自分の頑張りを無にすることになってしまう。

(ううん。評判良い探偵事務所なんだから、とりあえず話は聞いてくれるはず……!)

 悶々としていると、扉が小さくノックされた。

 探偵が来たのかもしれない、と身構えたが――扉を開け入ってきたのは、さっきの女子高生だった。手にしたお盆の上には、お茶が置かれている。

 彼女は晴夏の前と、誰も座っていない晴夏の向かいに手際よくお茶を出した。

(探偵さんは、まだ来ないのかな……。もうドキドキして言いたいこと忘れそうだよ……)

 ちらりと閉められた扉に目をやるが、誰かが入ってくる気配はない。

「どうぞ、お召し上がりください」

 少女は晴夏にお茶を飲むよう勧めた。そして部屋の隅にある台にお盆を置くと――。

 ごくごく当たり前のように、向かいのソファに座った。

「えっ……!?」

 驚きが小さく口から零れる。だが彼女はそれを気にも留めず、話し始める。

「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。――《御守夜子》と申します。この御守探偵事務所の所長である御守の助手をしています。ですが御守は体調が思わしくなく……。現在現場には出ることは止めており、直接的な仕事はしておりません」

「えっ!! それはっ……、それは困ります!!」

 晴夏はこの事務所の探偵が、業界でも評判だからという理由でこの事務所を訪れたのだ。だというのに肝心の、評判のいい探偵に相談できないのであれば来た意味が無い。

「ご安心ください」

 夜子は焦る晴夏を落ち着かせるように微笑むと、一枚のカードを机の上に載せた。

 カードには《対異形探偵資格認定証》と記されている。晴夏は驚いて顔を上げた。

「私は御守の助手ですが、探偵資格も取得しています。ですから私が、御守の手足となり働くことが可能です」

 そして夜子は自信たっぷりにこう言ってのけた。

「私がご相談を承ります。興津さん、あなたのお話を聞かせてください。――私が御守に代わり、解決してみせます」

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