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火之道間/2

「さぁて、どこから話そうかねぇ」

 室口は目を伏せ顎をさすると、難しそうに眉を寄せた。

「室口殿はおれの仕事に関わるかもしれないと、電話口で話していたな。つまりは異形の者の話だと推察するが」

「それはそうなんだ。だけどどっから説明したもんか……。――んん、やっぱりまずは、仕事の話から説明したほうが早いか。なあ、火之。火之は俺の仕事が何か知ってるか?」

「不動産、飲食、輸入業……、他にもいろいろある、ということは知っているが、そんなに詳しくは無い」

「ま、そんなところだが、その『他にもいろいろ』の仕事が今回の話に関わってくるんだ。――火之。俺ぁな、異形の者へ仕事を斡旋する仕事をしてんだよ。人材紹介っつうんだっけなぁ」

「人材紹介……」

「ああ。うちに来た異形の者を、顧客のもとに派遣してんだ。ええと、まず、俺達異形の者が人間社会で暮らす時は、《機関》に自分のことを登録しなきゃならねぇ。でよ、機関に行ったら人間社会で暮らすための姿形と、希望すれば家と仕事も紹介してもらえる」

 火之は黙って相槌を打った。

――そう、異形の者も人間との共存を望むのであれば、『社会に紛れ込む』のではなく、『社会に溶け込む』ためのサポートを受けることができる。そのサポートは《機関》が率先して行っており――つまり機関は、社会で暮らすことを望んだ異形の者にとって必要不可欠な組織であった。

「ただ……。俺達はどうも機関が好かねぇんだ。よくしてもらって恩知らずだとは思うけどな、あいつらの俺達を見る目が気に喰わねぇ。だからなるべく、機関に頼らず生きていこうって考える異形もいるんだ。

 それで俺は、そういう尖った奴らを少しでも助けてやれないかと思って……」

「人材紹介を始めた?」

「そう。紹介先は……。だいたいがうちの傘下だな。もっと選択肢を増やしてやりたい気持ちもあるが……。正直、うちの会社が一番異形の者が働きやすいと思うんだよな。――なんたってトップが俺だから」

 室口は歯を見せて笑った。

「ちっと話が逸れたな。まあ俺は、異形の者に仕事を紹介する仕事をしてるってわけだ。――つい最近も、ひとりの異形が俺のところに来た。直接俺が会って話したわけじゃないから、これは下から上がってきた報告なんだが」

 言って、室口はワインを一口流し込む。

「うちの会社にひとりの異形がやってきた。そいつはなんでもいいから仕事がしたいと言って――働くことに意欲的な姿勢を見せていたそうだ。『仕事に就けるならどこでもいい。なんでもするから働かせてくれ』って。話を聞けば、金が無さすぎて切羽詰まってたようでよう……。それでうちの担当は『早く仕事を紹介してやらなきゃ』って、そいつの本性と勤務先の希望を聞きながら、そいつに合う職場を考えていたらしいんだが……。ある日突然、そいつが『もう探さなくていい』と言ってきたそうだ」

「……探さなくていい? そんなに働きたがっていたのにか?」

 室口は頷くと、窓の外を見やった。いつの間にか、水槽の照明の色が変わっている。

「担当は当然驚いたわけよ。ついこないだまで働く気満々だったのに、って。だから理由を聞いたんだ。なんで、探さなくていいんだ、働かなくてどうするんだってな」

「……なんて言ったんだ、そいつは」

 火之が重い声で訊く。

「『家族』ができた――」

「家族……?」

 返ってきた言葉に、火之は怪訝そうに眉を寄せた。室口は、「そう言ったそうだ」と言いつつ自身も首を捻った。

「詳細はわからん――が、『家族と協力して生きていくことにした』と話したそうだ」

 火之はふと、今自分が参加している案件が頭をよぎった。

 人の集まった時の名称は幅広い。仲間や軍団、連合に一派。――もしかしたら家族も。

 この案件に加わった時に、火之はある報告書を読んでいた。

 大規模捜査に参加している御守探偵事務所の所員――御守夜子が遭遇した異形の者について書かれた報告書だ。そこには、異形の者が助けに来た異形の者と『家族』『兄弟』と呼び合っていたと記されていた。

 室口の話に出てきた異形の者。そいつの言う『家族』はもしや。

「――火之、どうした?」

「……いや、なんでもない。続けてくれ」

 室口は不思議そうに首を傾けると、「まあいいや」と呟く。

「別にな? その必要がなくなったんなら、うちを利用してくれなくたっていいんだ。ただよぉ、そいつが妙にはしゃいでいたというか……。なんてぇのかな、挙動不審に思えたらしいんだ、うちの社員は。それでそいつがこれからどうやって生きていくのかが気になって、機関に問い合わせてみたんだと」

「機関に?」

「おう。――ま、プライベートなことだからな。答えてもらえるかはわからんが、と思いながら、機関にそいつがどうしているのか訊いたらよぉ……。火之、機関の奴はなんて言ったと思う?」

 火之が首を振ると、室口は肩を竦めた。

「――知らねぇっつったんだ」

「……はぁ?」

「機関の奴らはな、そんな奴登録されていないっつったんだ」

 人間社会で異形の者が暮らすには、自身の存在を機関に登録する必要がある。それは身分証明にもなるため、共存を望む異形の者にとって、必須の作業だ。

「まぁ……、機関の存在を知らねぇ奴もいないことはない。けどよ、うちに来るのは大概が機関の紹介する仕事先が気に喰わなかった奴が多いから。つまりは最低一度は機関と関係を持った奴が多いわけだ。――だからそいつは、うちにとって珍しい客だった」

「それで、室口殿までそいつの話が上がってきたと?」

「そういうわけだな。――で、だ」

 室口は眉間の皺を深くさせる。

「ここからが本題だ」


「火之。お前は『異形の者のためのレストラン』を知ってるか?」

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